2006年2月2日から2006年2月20日までのイタリア旅行の記録です。
さて自由に動ける最終日です。ゆるゆる過ごそうと決めていたのですが、なぜか8時に起きてしまいました。なんて健康的な生活なんだろう。日本でもこうありたいものです。
さてホテルの隣のバールで定番の朝食を食べたあとは、まずスーパーマーケット探しです。ここは密かにお土産の宝庫。安くイタリアならではのものが見つかります。
ところがこれが5分で見つかってしまったのですね・・・。こんなに近くにあったとは知りませんでした。サンタ・マリア・マッジョーレ教会の前でした。
あれやこれやと買い込んで、荷物を置きにホテルに戻ったのは9時50分。まだまだ余裕の時間ですので、すぐさま再出発。今度は当てもなくトレビの泉方面に向かいます。
今日は非常に暖かく、表示では14度。汗ばむくらいです。ここは久々のジェラートと行きましょう。レモンとバナナの組み合わせにしました。ものすごく久々の気がします。と言うのも、北の方では寒くてジェラートなんて食べる気が起きないわけです。
次はスペイン広場のうっとうしいミサンガ売りをかわして、階段の上からボルゲーゼ公園を目指します。暖かいし、のんびり公園で過ごそうと決めました。ここはローマで一番大きい公園で、親子連れも目立ちます。春ならもっときれいなのでしょうねぇ。
ここにはボルゲーゼ美術館があるのですが、どのガイドブックを見ても要予約と書かれています。しかしあっさりと1時間半後の入場券をゲットしました。ここは2時間ずつの入れ替え制なので、すぐに入場券を買えても、そのまま入れるわけではありません。
時間もあるので美術館内のバールでピッツァを食べて、公園内を散策します。美術館の真裏はこんな感じの庭園になっていました。非常によい感じです。
噴水もとてもきれいです。どうやら私は水のあるところがとても好きなようです。実は今まで全然気づかなかったのですが。
さて美術館に入場。当然写真は撮れませんが、ここでは個人的にはカラヴァッジョの絵がおすすめです。あと忘れてはならないのが、ベルニーニの多数の彫刻です。私は彫刻については全然わからないのですが、素人目に見ても、これがすごいものであることはわかります。
しかし長時間見る気力がなくなっているのは、昨日も申し上げた通りです。1時間ほどでぐるっと回って退場して、ブックショップに行きました。買ったのはポストカードのみです。恐ろしくお金を掛けていません。
そこで売っていて心をひかれたのはティツィアーノの絵のジグソーパズル。なんと13,200ピースと書かれてあります。これって原寸サイズでは・・・。83ユーロと高かったのもありますが、1,000ピースくらいならともかく13,200ピースは趣味で出来るサイズではないので買いませんでした。誰か挑戦してみてください・・・。
さて2時を回って十分疲れたので、いったんホテルに休憩に戻ります。いつものお昼寝は今日も1時間でした。目覚めてあれやこれや準備していると、5時になったので再びホテルを出発です。土曜の夜でにぎやかに違いないスペイン広場の方に再び行ってみることにしますが、朝とは別のルートで向かいます。
どの街でも夕陽はきれいなのですが、特にローマでは赤く照らされた古代遺跡がとても美しいですね。毎回帰る間際にはこの辺りに来ているような気がします。
さてうろうろしているとお腹が空いてきましたが、まだ6時前なので、ここで夕ご飯を食べるわけには行きません。切り売りのピッツァで少ししのぐことにしました。きのこのピッツァでしたが、これが非常においしゅうございました。
そのままスペイン広場の方でウインドウショッピングです。帰る間際になると突然自分の仕事を思い出したように写真を撮り始めます。ウインドウについては別途まとめることにしますので、ここでは省略。シンプルなのが応用もしやすいです。
あちこちをうろついていると8時を過ぎたので、そろそろホテルの方向へ向かうことにします。ホテルの近くにはそこそこ安く食べれるところがあるのですね。
そうすると見知らぬ外国人が英語は話せるかと言いながら近づいてきます。聞いているとトルコから今日やってきて道がわからないから教えてくれと行ってます。実はイタリアに着いて早々にも同じようなのに話しかけられています。
これ実はローマで有名なキャッチバーの勧誘です。そのうち一杯飲みに行こうと言い出すだろうと思っていたら案の定でした。とりあえず「いらん。のまん」と行って立ち去ります。
だいたいローマで日本人に道を聞くのがおかしいです。日本で道がわからない時に外国の人に聞くはずがない・・・。でもこれにひっかかる人も多いみたいなんですよねぇ。皆さんも話しかけられたら注意してくださいね。
さて最終日なので今まで食べていないものを食べておこうということで、生ハムとメロンの前菜・ラザーニェ・サルティンボッカのセットで締めました。32ユーロです。またしても贅沢ですが、最後だしいいことにしましょう。
この時点でホテル代を除いて所持金が24ユーロ。そのうち10ユーロが空港までの電車代になるので、残りは14ユーロで2000円ですな・・・。朝食と水くらいで終わってしまいそうです。
今は荷造りを終えて、これを書いています。もうすぐ一時。飛行機は14時10分発なので、昼前に空港に着くとしても、ゆっくり寝てから出発できそうです。名残は惜しいですけど、次回の旅行を目指して働きに帰ることにしましょう。
あとは日本に帰るだけなので、旅行記の本編はこれにておしまいです。気が向いたら番外編をお届けしますね。
投稿日時: 2006年05月12日 12時39分
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さあ16日目。いよいよ帰国を目前にしてローマに出発します。友達のミーナは所用で来れないとのことなので、残念ながら1人でゆるゆる過ごしましょう。誰かがいてもゆるゆるなのですが・・・。
目が覚めたのは8時で早速荷造りをします。それから朝食です。着くのは昼前くらいになりそうですが、電車に乗ると、乗り物酔いとは言わないまでも食欲は減退するので、少し多めに食べておくことにします。
駅に向かって、水とタバコを調達して、9時53分のES(特急)に乗り込みます。今回は珍しく2等車です。やっぱり1等車にしておけばよかったなぁと座った瞬間に後悔しましたが・・・。個人的にはESの2等よりローカル線の2等の方がシートがしっくりくるんですよねぇ。
まあそれはいいとして、ローマへの到着予定は11時30分だったのですが、なぜか7分ほど早く着きました。日本の新幹線だと考えられないことですよね。
さてホテルの場所はわかっているので、早速向かいます。到着して部屋に入ってみると、うーんという感じです。この値段でシャワーがついているだけ、ありがたいことではあるのですが・・・。本当に物価の上昇を感じてしまいます。
早速荷物をほどいて、ノートパソコンの充電をしようと取り出してみると、なんと無線LANがつながっています。どう考えてもこのホテルのではない感じです。ん? このネットワーク名は隣のインターネットカフェか・・・。ネットカフェなのにあまりにも無防備だと思いますが、ありがたく利用させていただくことにしました。
さてしばらくするとお腹が空いてきたので、昼食に出かけます。今日はカルツォーネを食べて済ませることにしました。お水とエスプレッソを合わせて9.5ユーロ。すごく安い気がしますが、日本円にすると1400円くらいになります・・・。
それからホテルに戻ってお昼寝です。移動日で早く目覚めてしまったので、夜に備えて寝なければ。でも1時間しか寝ていませんが。
起き出したのはいいのですが、全然お腹が空いていません。当たり前です。食べてからそんなに時間が経ってませんし・・・。仕方ないので18時半にお散歩に出発です。
今日のローマはとても暖かく、ダウンコートでうろうろしていると汗をかくくらいです。ペットボトルのミネラルウォーターの減りも早く、ものすごくジェラートを食べたくなるのですが、ここで食べてしまうとまた夕食が遠くなるので、我慢します。
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂からスペイン広場、ポポロ広場の近くまでやってきてしまいました。この辺りはショッピング街ですので、ものすごく誘惑も多いのですが我慢します。なんて禁欲的なんだろう!
1時間半も歩くとさすがに少しお腹が空いてきたので、ホテルの方向に戻ることにします。ホテルまでは30分くらいなので、歩いてるうちにおいしそうなものが見つかる・・・と思ったら、思い切り何もない道を歩いてしまいました。本当は少し細い横道を歩かなければならないのに。
まあ仕方なくホテルの前のピッツェリアでカルボナーラと鳥のカツを食べました。水とエスプレッソを付けて、13.5ユーロ。20ユーロを切る夕食は人の家にお世話になっている日を除いては到着日以来かもしれません。どうやらありえないくらい贅沢になっていたようです。日本に帰ったら質素に・暮らします。
そんなこんなで9時半ごろにホテルに戻って、シャワーを浴びてテレビを見ながら今日はおしまい。写真を撮ることもなく、本当に何もしない一日になりました。
普通の人は帰る前にあんなことしようとか思うのかもしれませんが、僕の場合は一番辛いのは行き帰りですので、そのために体力を温存しなければという、わけのわからない発想になって、何もしなくなってしまいます。
本当は明日はヴァチカン美術館に行きたかったのですが、日曜で混んでいるはずなのでやめます。また次に来ればいいだけのことです。
ぐだぐだもここに極まれりみたいな日になってしまいましたが、明日も同じくらいぐだぐだで昼寝しながら頑張ろうと思います。
投稿日時: 2006年05月12日 12時35分
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何一つ変わらない朝を迎えた15日目です。何も変わらないと言うことは、当然雨天も変わらないと言うことで、今日は小雨の中をうろうろすることになりそうです・・・。
目覚めたのは8時過ぎ。今日は移動距離が大きいので、少し早めに起きてみました。移動で昼食が遅くなることを想定して、がっつりと朝食を食べます。もともと朝はあまり食べられないんですけど、仕方ありません。
朝食を取り終わって9時前にホテルを出て、駅の反対側にあるSITA社のバスターミナルに向かいます。シエナ行きは結構便があるので、安心していましたが、ちょうど出て行くところでした。無理すれば乗れたんですけど、水も買ってないしトイレにも行ってないので、一本見送って30分後のバスに乗ることに決めました。
9時40分にバスは出発。到着予定は11時10分です。ちょうど90分ですが、少し早いのは75分くらいで着きます。上手く乗れればいいんですけど、なかなかそういうわけにもいきません。
トスカーナののどかで灰色(ほんとは違うはず)の風景をながめつつ、うつらうつらしながらシエナに到着です。
まず目指すはポポロ広場です。何も言うことはありません。これがシエナ色なのかと実物を見て感激。この辺りの風景は写真をご覧ください。
次に向かったのはドゥオモです。写真はありません。なぜなら全面修復中で、何も見えなかったからです。その代わりにここでは中の写真を撮れましたのでどうぞ。
絵画や聖堂そのものの作りも素晴らしいのですが、床のモザイクも見逃してはなりません。
そしてドゥオモから出てきましたがお腹は空いていません。美術館に入る気力はあまりなかったので、街をしばらく散策して、サン・ジミニャーノを目指すことにしました。
シエナからサン・ジミニャーノへは直通バスが走っているので便利です。だいたい1時間ちょいだったかなと思います。寝ぼけていてはっきりしないのですが。
ここサン・ジミニャーノは中世から時間が止まったような塔の街です。あいにくの雨ということとオフシーズンと言うことで、観光客などほとんどいません。貸し切り状態とも言えますが、お店もあまり開いていないのが現状です。
街のあちこちの写真をご覧あれ。こんな街が残っていることに本当に感動しました。フィレンツェからのアクセスもそれほど悪くなく、日帰り旅行にもってこいの場所ですので、フィレンツェの日程に余裕がある方におすすめします。
先に帰りのバスの切符の購入と昼食を済ませます。と言ってもパニーノ1つだけですが。実はバスには弱いので、乗るとあまり食欲がなくなってしまいます。
まずは聖堂に入ってみました。ここは写真が撮れないのが残念ですが、きれいなフレスコ画が残っています。かなり痛んでしまっているようですが・・・。
次に向かったのは市立美術館と同じ建物にあるグロッサの塔です。この塔にはもちろん登れます。まずは夕方になる前に塔に登ってみることにしました。
ものすごく怖いです。スライムとかローパーとかドルアーガとかが出てきそうな感じでもあります。壁に向かって10秒じっとしているとアイテムが出てくるかなと思いましたが、カッパーマトック一つ出てきませんでした。
最後の仕上げにこの階段と言うよりははしごに近いところを登れとおっしゃいます。雨で足下が悪い中、なんとか登り切りました。
それがこの景色です。晴れていればもっときれいだったんでしょうが、曇っていても十分に情緒があります。各方向の写真をご覧ください。
登るのに疲れたのもあって、塔の上で15分ほどくつろいでから降りていきます。下りはもっと怖いです。
美術館の方は写真を撮れなかったのですが、フィリッピーノ・リッピの作品が2点ありました。その他の作品も貴重な作品だと思われます。
少しバスまで時間がありましたが、雨が強くなってきたので、バス停に座って待つことにしました。もちろん傘などは買っていませんので・・・。
すると横に日本人の新婚さんらしき2人がやってきました。が、お互いに丁寧語で話しています。どうもおかしいです。
そして2人はおもむろに財布の中身をチェックし、レシートなどをノートに書き写し始めました。よく見えませんでしたが、使ったお金をカフェ一杯に至るまで、全てチェックしているようです。
次には旅行の日程表を出しているようです。旅行会社の物ではなく、明らかに手作りの感じの・・・。おそろしく計画的なのかもしれませんが、これが新婚旅行だと思うと多少違和感を感じてしまいました。ここはイタリアですよ・・・。
さてバスは出発します。20分後にポッジポンシでフィレンツェ行きに乗り換えです。この乗り換えもバスの運転手が教えてくれるので余裕です。サン・ジミニャーノを出発すること1時間20分でフィレンツェに到着しました。
とりあえずは靴下が濡れて気持ち悪かったので、ホテルに戻って着替えることにします。すぐに出発してインターネットカフェに向かいます。とりあえず明日のホテルを予約しておきます。
着いてから探してもいいのですが、荷物が増えてきているのと、到着してすぐに友達に会わねばならないので、出来るだけ時間を節約したいわけです。
おかげでなんとかテルミニ駅の近くの3つ星ホテルを1泊50ユーロで予約することが出来ました。8時半くらいになっていて、お腹が空いていたので例のところにご飯を食べに行きます。もうフィレンツェで4回目です。
他に食べるところはないのかという気もしますが、いろんなところで食べたいわけではなく、いろんな美味しい物を食べたいので、別にお店は同じでも構いません。こういうお店が各地に一つ出来るといいのですが、まだローマでは見つけられていません・・・。
今日食べたのは手長エビとズッキーニのパスタと「肉」です。愛想のない書き方ですが、薄く焼いた肉にオリーブオイルとレモンを搾って食べるというシンプルな料理です。これもとっても美味しいです。ということは素材がいいのですね。美味しくない肉だとこうは行きません。
とりあえず名残惜しいのですが、店員のお姉さんとメールアドレスを交換して、店長のジョルジョともまた次にと握手してお別れしてきました。1年後くらいに戻ってきたいなぁ。
ホテルに戻ったら、浴槽に湯を張ってお風呂タイムです。シャワータイムよりずっと快適です。食べ物に不自由はしないんですけど、やっぱりお風呂は漬からねば・・・。
そんなわけで後は荷造りして就寝。10時前に出発できればいいので、8時半くらいまで寝ようかと思います。ではではおやすみなさい。
投稿日時: 2006年05月02日 14時56分
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さて14日目です。この旅も終わりが見えてきて、今日から南下していきます。ミラノからジェノヴァも十分南下なのですが・・・。起床は8時。移動日はいつも予定時間よりも早く目覚めてしまいます。
海洋都市ジェノヴァからの旅立ちにふさわしい・・・大雨です。もちろん傘なんて持っていませんとも。まあ雨はいつか止むだろうということで、とりあえず朝食です。まずはピサへの移動が1時過ぎまで掛かるはずなので、いつもよりちょっと多めに朝食を取ることにしました。と言ってもビスコッティとコーヒー1杯増えただけですが。
荷造りを済ませていよいよ出発です。駅まではたった50m。ダウンコートのフードをかぶって一気にと思いましたが、荷物が重いのでやめました。ゆっくりと歩きます。
ここで時刻表との相談です。ピサに行く電車の候補は2つ。9時47分に出発して、12時45分に着く電車か、10時52分に出発して12時57分に着く電車か。私は少し迷った末に後の電車を選びました。同じ行き先なのに掛かる時間が1時間も変わるのは謎ですが、電車の中でじっと3時間はかなり苦痛です。タバコも吸えませんしね。食堂車はあるはずですけど、一人旅なので荷物をほったらかして食堂車には行きにくいし、荷物を持って食堂車に行くのはもっと辛い。
待ち時間が1時間半くらいありますが、そんな時はガイドブックを読んでいればすぐに時間は経つので大丈夫です。ガイドブックは名所の案内だけじゃなくて料理や歴史など読み物も結構乗っていますので、暇つぶしにも十分使えます。今回は「地球の歩き方 イタリア」を持ってきています。北部・中部・南部に細かく分かれているのもありますが、広い範囲で動くならこの一冊かなと思います。
そして電車に乗り込みます。早速出発です。次の停車駅はジェノヴァ・ブリニョーレ駅で5分も掛からないはずですが、そこに行くまでのトンネルでいきなり電車が停車します。まったく動かないまま20分経過。そこでアナウンスが。
「この列車は20分遅れます」
20分遅れて出発した電車が20分遅れて着くのは理解できますが、定刻に出発した電車がわずか数分の間に20分遅れてしまうのは僕の理解を少し超えています。いったい何があったのか誰か教えてください・・・。
ちなみに乗った列車は6人ずつのボックスに入るような形になっています。僕と一緒にいたのは英語を話す4人の家族連れで、どうやらオリンピックを見に行った帰りのようです。4人のうち1人は小さな女の子だったので、大人は3人という事になります。
が、どう見てもスーツケースが5つ。大小のリュックや手提げバッグなどを含めれば荷物は12個もありました。どうやって持つのかちっとも理解出来ません。家財道具を全て持って移動する遊牧民族のような状態です。困ったことにあまりの量の荷物に僕の荷物を置く場所がありません。仕方なく通路にスーツケースを放り出しているのですが、これが人が通過するたびに移動させなくてはならないので、寝る暇もないですよ・・・。
1時間くらいしてその状況に気づいて僕の荷物を置くスペースを空けてくれました。以上に窮屈でしたが。しかし残り1時間では寝れないですよ。終点まで行く電車ならともかく、ローマまで行く電車なので、途中下車になるんですよね。仕方なく起きたままピサに到着です。もちろん20分遅れで。
ピサでも少し雨が降っていました。お腹が空いていなかったので、先に観光を済ませることにしました。それほど強い雨ではないので、手荷物預かり所にスーツケースを預けて、フードをかぶって突撃です。
これは途中で通過したアルノ川です。フィレンツェのポンテヴェッキオのところに流れているのと同じ川ですね。こちらの方が下流になります。ジェノヴァもそうなのですが、水の近くがとっても好きなようです。海水浴はかれこれ7年くらい行ってないはずですが。
30分近く歩くとドゥオモが見えてきました。ここは2回目ですが、やはりドゥオモは素晴らしい。もちろんフィレンツェのに比べれば規模は小さいですけれども。
いよいよ登場したのが斜塔です。4年前に来たときはワイヤーと錘で倒れるのを防ぐという原始的な方法で倒壊から守られていましたが、補強工事もどうやら終わっていたようです。明らかにおかしいのは変わりませんが・・・。
ピサと言えば、この斜塔くらいしか思い浮かばないかもしれませんが、中世までは強力な海洋都市国家で、ヴェネツィア・ジェノヴァ・アマルフィなどと並んで四大海洋都市などと呼ばれておりました。これで残るはアマルフィだけですが、観光するにはあまりにもマニアックな気がします。ジェノヴァが十分にマニアックだという気もしますが・・・。
さて観光を20分で終えて駅に向かいます。ここは昔来たことがあるし、乗り換えついでに降りた感じなので、これで十分です。もちろん斜塔の置物も購入しません。
何事もなく駅まで歩いて戻るとお腹が空いてきました。フィレンツェまでは1時間強で、いくらでも電車があるので、腹ごしらえをすることにしましたが、切り売りのピッツァかマクドナルドかの二者択一を迫られます。ピッツァの方があまり心をひかれるようなものではなかったため、不本意ながら今回二度目のマクドナルド行きです。
ちなみにこちらではだいたいセットで6ユーロかかります。850~900円くらいだと思ってください。イタリアの物価が安いと思っている日本人と、日本の物価が高いと思っているイタリア人に申し上げます。明らかに日本の方が物価は安いです。家賃の話についてはまた後ほどしましょう。
さて食べ終わったので、何事もなくフィレンツェに出発します。そして無事到着。30分くらいは眠れました。昨日インターネットで予約した駅近くのホテルに荷物を置きに向かいます。予想より近すぎて行き過ぎちゃいましたが、これも愛嬌でしょう。
部屋に入ってみると、なんと浴槽がありました! この値段(60ユーロ)で、この立地で浴槽付きは奇跡に近いと言えるでしょう。欧米人は日本人のように浴槽に漬からないので、そんな設備などなかなかありません。どうやら2週間ぶりにシャワーのみから解放されます。
お腹は空いていませんでしたが、ちょこっとお土産の物色をしたいので、ふらっと外に出かけます。インターネットカフェにも入って、メールだけチェック。どうやら何事も起きていないようです。ジェノヴァでは全然メールを見られなかったので、ちょっと心配でしたが、どうやら問題は起きていなかったようです。
さて7時半を過ぎるとお腹が空いてきたので、ご飯を食べることにしました。目指すはいつものお店です。ここで食べたポルチーニ茸のリゾットをもう一度食べたかったので、戻ってきました。日本語が通じる店員さんの存在はどうでもいいんですけど、ここに来ると確実に美味しい物を食べれるというお店があるのは幸せです。高いお金を出して、美味しくなかったら泣きそうになりますからね。
今日食べたのはポルチーニ茸のリゾットとバルサミコ風味のステーキです。両方とも前に食べたのでリピートになるのですが、これが非常に美味しゅうございます。繰り返しますが、ポルチーニ茸のリゾットは絶品です。あ、珍しく赤ワインも一杯飲みました。やばい明日も行ってしまいそうだ・・・。またまたおまけしてもらって30ユーロです。毎回まけてもらっていて申し訳ないなぁ。
店員のお姉さんといろいろ話していたのは、その物価の話。リラ時代から比べると1.5~2倍くらいになっているようなのですが、特にひどいのは家賃らしいです。一部屋のみトイレ・バス共同で350ユーロ(5万円強)くらいだそうです。日本だとこの値段のワンルームならユニットバスくらいはついているはずです。
このお姉さんは友達と住んでいるそうですが、家賃は1000ユーロ。日本円だと15万弱くらいでしょうか。どう考えてもありえない金額です。しかも本当は1200ユーロのところを値切ってこれだそうですから・・・。
リラ時代は2000万円くらい出せば家を買えたそうですが、今なら最低でも6000万、中心地になると1億以上になるそうです。しかも設備や間取りは今イチだとか。イタリア生活も楽そうではありませんね。
さて帰り際に明日の行き先を相談。ルッカとシエナのどっちがおすすめか聞いたのですが、行ったこと無いならシエナに、時間があればついでにサン・ジミニャーノまで足を伸ばせると教えてくれました。
そんなわけで明日はシエナからサン・ジミニャーノというコースで、夕方にフィレンツェに戻ってこようかなと思います。さすがにそろそろ資金が尽きてきましたが、出費覚悟でこのまま優雅に観光して、食べ歩こうと思います。
たまのイタリアなんだからそれくらい構わないですよね? ではではまた明日。
投稿日時: 2006年04月29日 12時30分
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さてジェノヴァ生活2日目です。今日はぐっすりと眠れたので、8時過ぎに目を覚ましました。王宮は午前中だけなので、早めに動くことが出来そうです。9時半にホテルを出発です。
朝食はいろいろと並んでいるのですが、コーヒーとオレンジジュース、コルネットにちょっとだけハムを追加しました。なぜコーヒーかというと、エスプレッソマシンが動かなかったのですね。いわゆるアメリカンですよ。こっちで飲んでもちっともおいしくないです・・・。
そんなわけで王宮まで出発です。と言ってもホテルから300mくらいしか離れていないので、すぐなのですが・・・。昨日は入館を拒否(休み)されましたが、今日は入れてもらえました。
王宮の庭からは海も見えてとってもよい感じです。ここジェノヴァにはヴァン・ダイクの絵がたくさん残っていて、ここにももちろんあります。が、あまり好きではないので心に響きません・・・。
次は街歩きです。本当は赤の宮殿と白の宮殿に行きたかったのですが、連続で絵を見るととっても疲れてしまいます。限度は2つくらいだと思うのですが、昨日休みだったために今日3つ見なければならないという状況です。ジェノヴァに来られる皆さんは、ぜひ月曜日を外して予定を組んでくださいね。
うろうろしてるとそろそろ12時半。お腹も空いてきました。ここで昨日目をつけておいたトラットリアに向かいます。いい雰囲気のお店で、地元リグーリア料理を食べさせてくれるみたいです。
食べたのはサラミ、クルミソースのパンソッティ(ラビオリの親戚)、ウサギ肉のリグリア風です。おまけにパンケーキまで付けました。全部で33ユーロ(5000円弱)で大満足です。各都市で1回は贅沢しようという目標も達成できました。今回は眼鏡も壊していないし、自分の物を全然買っていないので、比較的お金に余裕がありそうな感じです。
店員のお姉さんがものすごく美人で感じもよかったことも付け加えておきましょう。ジェノヴァに行く人はあんまりいないとは思いますが、知りたい人は名前と場所を教えますので、連絡ください。あ、お姉さんの名前じゃなくてお店の名前です。
さてお腹も一杯になって、元気になったところで、赤と白の宮殿のはしごです。が、食べ過ぎてしんどいのと絵を見すぎて頭の中もいっぱいになってきました。一枚ずつ鑑賞していくという気力がなくなったので、ここは飛ばし見します。ヴァン・ダイクばっかり出てきても心が浮き立ちません。1枚だけあったカラヴァッジョがせめてもの救いでした・・・。
かなり頭を使ってしまった感じがあるので、自然でも見ようと思って、フニコラーレ(ケーブルカー)で山の上まで一気に上がります。片道50チェンテージミ(75円くらい)なので、ぜひ上ってみるといいと思います。ジェノヴァの街が一望できて、頭もリフレッシュ出来ました。
帰りは街を見下ろしながら自分の足で下ってきました。1時間近くかかりましたが・・・。ケーブルカーの直線走行で10分近くかかる距離ですから、くねくね降りていく道路だと推して知るべきでしたが、かなり頭が悪くなっているようです。道も良くないし、下りはやはり足に負担が掛かります。
よれよれになりながら、とりあえずいったん休憩のためにホテルに戻ったのは5時を過ぎてからでした。お昼ご飯を適当に食べていたら、すでに行き倒れていたかもしれません・・・。ここで30分ほど仮眠を取ることにしました。少し休まないと足が動きませんので。
目が覚めたら6時半でしたが、お昼の影響でちっともお腹が空いていません。幸い足は元に戻ってきていたので、歩いているうちにお腹が空くだろうということで、街歩きの再開です。
夜のフェラーリ広場です。同じ場所でもライトアップすると全然印象が違いますね。こういうのが仕事に活きてきます、多分。
お腹が空かないままうろうろしていましたが、昨日書いたようにトラットリアは路地にあったりするので、路地をのぞきながら歩いていると、特に薄暗い路地の奧から黒人の女性が手招きをしてます。間違いなく何かを売っているに違いありません。きっと人類最初の職業の人でしょう。気力、体力、勇気、お金の全てが僕には欠けていますので、ここはスルーです。
そんなこんなで2時間も歩いてしまったのですが、ちっともお腹が空きません。結局軽く済ませようと思って、昨日の夕食と同じピッツェリアに入りました。
すると向こうの方で魚介類のスープを食べている人がいます。これならあっさりしてるかなと思って注文してみると、これがとってもおいしい! さすが海洋都市。海の幸はとってもおいしいです。大満足の夕食で払ったのは食後のコーヒーと水も併せて24ユーロ(3500円くらい)でした。とっても安い感じです。この値段を安いと感じる自分の金銭感覚には多少疑問を持ったりしますが、ここはイタリアなので気にしないことにします。
ホテルに戻ってきたのは9時半。また洗濯をして、出発の準備をします。明日は昼にピサに行って、フィレンツェに宿泊しようかと思ってます。ピサとかルッカの宿泊でもいいんですけど、フィレンツェの方が勝手がわかるので、動きやすいんですよね。ちょっと移動が大変かもしれませんが、ピサ中央駅には手荷物預かり所があるらしいので、なんとかなるでしょう。ゆっくり眠ってから出発しようと思います。
あ、今回のジェノヴァのホテルは無料でインターネットが使えます。一台しかなくってイタリア語と英語しか使えないけど・・・。とりあえず空くのを待って、フィレンツェのホテルを予約してみました。自分の足で探すのもおもしろいけど、移動が辛いときには便利です。私が使っているのはVenere.comです。前日の予約も大丈夫だし便利ですよ。日本語での予約もできます。
駅から5分くらいのところなので、疲れていても大丈夫な場所で探してみました。マキャベッリ・パレスという大層な名前がついていますが、3つ星ホテルで一泊60ユーロ。立地から考えるとまずまずの値段だと思います。
ではではおやすみなさい。
投稿日時: 2006年04月19日 14時39分
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さて12日目。モンツァを出発します。朝8時半に起きれば良かったのですが、こういうときは早く目覚めてしまいます。仕事の時は朝が非常に辛いのですが・・・。
ミケーラは既に仕事に出ていたので、レンタルビデオ店に出勤するマリオにくっついて出かけます。車の温度計を見ると-1.3度になっています。昨日の夜は-5度になっていたようです。モンツァはミラノに比べても3度ほど気温が低いとマリオが説明してくれました。
途中で犬にエサをやった後に、あっさりと到着。マリオと別れの挨拶をしてミラノに向かいます。
駅に着いて、電車の時間を調べてみるとちょうど1時間後でした。朝食のフォッカッチャを待合室で食べて、バールでエスプレッソを飲んで、水を買って出発準備完了です。30分ほど時間がありましたが、列車は到着していたので、乗り込んで爆睡することにしました。
途中、検札で起こされてみると外はすごくきれいな雪景色に。ちょうどいいところで起こしてくれた感じがします。
ミラノからジェノヴァまでは1時間半なので、そんなに遠くはありません。でもジェノヴァの駅を降りてみると、気温が明らかにミラノより高く、マフラーをしていると暑く感じるくらいでした。
まずは昨日インターネットで見つけたホテルを探そうとしましたが、駅を出た瞬間に見つかりました。駅から50mの言葉に偽りなしです。ホテルの窓から見ると、目の前が線路になっています。むしろ近すぎて電車の到着がわかってしまいます。窓を開けるとほら・・・。
荷物を置いて早速ジェノヴァの街に繰り出してみることにしました。駅前にあるのはクリストフォロ・コロンボ(一般的にはコロンブス)の銅像です。スペイン国王の支援でインディアス(アメリカ)に到達したために、スペイン人だと思われているようですが、れっきとしたジェノヴァ出身の人です。英語だとクリストファー・コロンブス、スペイン語だとクリストバル・コロンになるのですね。写真が夕方なのは、昼に撮った写真がぶれていたからです。
他にもジェノヴァといえば母を訪ねて三千里を忘れてはいけません。そう、母親を捜すために南米に家出した、サルを連れたあの少年のことです。マルコのことよりも、ジェノヴァに残された父親と兄弟の方が心配だったりしますが、それは置いておきましょう。
もう一つ付け加えておくと、母を訪ねて三千里のエンディングテーマにある「かあさん、おはよう ボンジョルノ ミア・マードレ」という歌詞はイタリア語ですね。実はこれがある年代の日本人が最初に覚えるイタリア語ではないかという気がします。同じようなことを日本語とイタリア語で繰り返しています。「殿さまキングス」みたいなものかもしれません。
駅前の旧市街を歩いていると王宮を発見しましたが、中に入れてもらえません。正装度が足りないのだろうかと思ったら、今日は休館日。実はジェノヴァでは月曜休館のところが多く、これでは何も出来ない状態です。
そこでヨーロッパNo.1の水族館に行ってみました。感想は大阪の海遊館ってすごいんだなぁ・・・以上です。それだけではつまらないので、水族館の写真でもお楽しみください。
これは南の海の魚です。どれが何かはちっともわかりません。英語とイタリア語で説明が書かれてしましたが、魚の名前までは僕の能力を超えていますので・・・。
そしてヴェッキオ港に。ここからマルコも出航していったはずです。(実際にはしてないけど) 後ろが山、前が海というのもとってもいい感じです。イタリア半島の付け根という好立地で繁栄したのがしのばれる光景です。
後は空いている施設がほとんど無いので、いろいろなところを散策しました。階段や坂道が多くてかなり歩くのが大変でしたが・・・。
5時半頃にすでにお腹が空いてきました。そう言われるとミラノでフォッカッチャを食べてから何も食べていないなと思ったのですが、ちょこっとお腹に入れて散策をするという元気もなかったので、早いけど夕食を食べようと思って、探したのですが、これが全然見つかりません。ガイドブックには手頃な値段のトラットリアがいたるところにあると書いてあるのに・・・。
きっと時間が早いことと、見つからない場所にあるからに違いありません。大通りにはバールはあってもリストランテなど全然ないんですよね。路地を入っていくと見つかると思うんですけど、そんな路地は観光客は歩きませんから・・・。仕方ないので路地に入っていきましたが、ほとんどのお店が7時とか7時半以降でないと開かないみたいです。
仕方ないのでホテルの近くにあったピッツェリアに入りました。ジェノヴァのサラミを前菜に、ペンネ・アラビアータとジェノヴァ風のスカロッパ(エスカロップ)を食べました。ここは魚介類がおいしいのですが、明日の昼食と夕食でがっつりと食べようと思います。
移動の疲れもあって、ホテルには7時半頃に戻ってきました。それから洗濯をして、オリンピックを見ながら、モンツァのミケーラにお礼の電話を掛けました。
今日は早々に寝て、明日に備えようと思います。ホテル暮らしは気楽なので、目覚ましもセットせずに寝ようと思います。ではではおやすみなさい。
投稿日時: 2006年04月11日 16時05分
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タグ: イタリア, 旅行
では11日目行ってみましょう。
いくらでも寝られるという状況で僕は10時半までたっぷり9時間半ほど寝ました。ものすごく元気です。既にマリオは仕事に行ったようですが、ミケーラはまだ起きてきません。最終的に起きてきたのは11時前だったので、きっと11時間くらい寝てるはずです。
まず朝食を食べに行こうということで、車で出発します。車庫からバックで車を出していると「がつん」という音と共に体が大きく揺れました。後ろの壁に激突したようです・・・。「この運転で大丈夫か?」と思ったら、「大丈夫、大丈夫。私は運転が上手です」と日本語で答えが。いや、信用できません。
ちなみに車内BGMは長渕ではなく、Gacktです。同じ曲を延々とリピートしています。こういうとき僕はどうすればいいんでしょうか・・・。
朝食に連れてこられたのは近くのバールです。ミケーラのお母さんがやっているバールで、少し古い感じですが、常連さんでにぎわっていました。ここでカプチーノとコルネットをいただきます。
今度はミケーラのお父さんのお見舞いに。病院に入院してるのですが、僕も同行して挨拶しました。ここはミケーラの勤める病院でもあるので、職場訪問をしたことにもなります。
その次に行ったのは、マリオの働くレンタルビデオ店。さすがにイタリアでレンタルビデオ店に入るのは初めてです。何をしにいったかというと、行ってきますというためだけです。
ここでイタリアの一般家庭を訪問することで、初めて体験出来たことを整理しておきましょう。
さて、そのマリオのレンタルビデオ店のすぐ横からミラノ中央駅に行くバスが出ています。おそろしく揺れますが、30分ほどでミラノに着きました。
そもそも何をするかを聞かずに家を出てきたのですが、この日は友達を呼んで日本食レストランに行くことになっていたようです。
連れて行かれたのは「大阪」という名の日本食レストランです。イタリアでは日本食など食べたこと無かったので、とても新鮮な感じがします。
そこに集まったのはKさん(日本人男性)、Rくん(日本人男性)、シモーネ(イタリア人男性)と僕たち2人の5人です。
何を食べるか悩んだのですが、ここでラーメンはないだろうと思って、とりあえず天ぷら御膳を注文してみました。17ユーロ(2500円くらい)です。夜はもっと高いらしいのですが、まあお昼ならいいでしょう。そもそも泊めてもらってるので、お金が掛からないので納得できる値段です。
日本を飛び出してイタリアで働いている人は一癖もふた癖もあって、話していると非常におもしろいです。
Kさんはマッサージ師なのですが、言葉もろくに話せないまま去年イタリアに渡ってきて、紹介で仕事をもらいながら頑張っているようです。
Rくんはまだ22歳ながらグラフィックデザイナーとして仕事をしているそうです。食事をしながらイタリアのデザインはあーだこーだと言うのは新鮮です。デザイナーさんとは興味を持つ対象が同じなので、話も通じやすいのですね。
写真は帰ってしまったKさんを除いた3人です。左からRくん、ミケーラ、シモーネです。
イタリア人のシモーネはものすごく流暢な日本語を話します。6年ほど日本語を勉強したようで、普通に日本語で話しても十分に通用します。また歌手を目指していて、イタリア中の人が集まるコンクールに出場するために、毎週歌のレッスンに通っているそうです。ちなみにコンクールで歌うのは平井堅の「瞳をとじて」だそうです・・・。
食事の後はスフォルツェスコ城に行きました。スフォルツァ家の支配の象徴です。
そしてその奧にはあやしげな遊園地が。遊園地というよりは、露天の集合体と言ったほうが正確かもしれません。4年前に来たときにはそんなのなかったのですが、すっかり様変わりしているようです。このアトラクションですが、輪投げなどの商品が手に入る当て物系が半分を占めています。乗り物などもありますが、明らかにちょっとおかしいミッキーとかプーさんがいっぱいいました。
スフォルツェスコ城を後にして、今度はみんなでホットチョコレートを飲みに行きました。Rくんのおすすめの店なのですが、ものすごく流行っていました。実際にとっても美味しかったです。連れて行ってもらったので、今イチ場所を覚えてないんですよねぇ。今度メールで聞かねば・・・。
その後はウインドウショッピングをしにいきました。ミケーラとシモーネとはぐれてしまったので、Rくんと二人でうろうろします。とりあえずプラダとバリーに入って、あれやこれやと物色。デザインについてあれやこれやと話をしていました。
そうこうするうちに6時になったので、とりあえず電話をして合流した後で、Rくんは帰宅しました。ガッレリアを通って、ドゥオモに向かいます。ここでシモーネも退場です。
ミケーレと2人でドゥオモの見学。お昼もすごいですが、夜もとても素敵です。10分ほど見たところでミサが始まるので退場するようにとのことで撤収。外をぐるっと一周して、バスで家に戻りました。
この日の夕食はつくねのようなものを揚げたものでした。これも美味しかったんですけど、料理の名前を聞くのを忘れてしまいました。いったい何だったんでしょうか? またミケーラに電話して聞いてみようと思います。
食後にミケーラがジェノヴァのホテル探しを手伝ってくれました。駅から近くて安い3ツ星ホテルを見つけることが出来て、この日は終わりです。映画を見るかと言われたんですが、荷造りをしなければいけないので、断りました。
そんなわけでモンツァ生活も終わりです。明日は海洋都市ジェノヴァ。初めて訪れるところなので、ものすごく楽しみです。
投稿日時: 2006年03月28日 19時59分
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さてさて10日目。本日はパドヴァのグリサノ家からミケーラの家に移動です。皆さんのおかげで元気に生きさせていただいております。本当にありがとうございます。
8時10分に家を出発して、ルカの両親と一緒にバールに朝食を食べに行きました。コルネットとカプチーノの組み合わせはいつもと変わりません。こっちの人の朝食は非常に軽いです。食べない人もたくさんいます。
その後、お母さんは川に洗濯じゃなくて、家事に戻って、お父さんがパドヴァの駅まで送ってくれました。外見はよれよれの車ですが、アルファロメオだったりします。イタリアでは小汚いアルファロメオとかベンツとかが走っています。日本ではあり得ないですよね。
さて別れを惜しみつつパドヴァの駅に着くと、10分後にちょうどいい電車がありました。今なら切符を買ってホームに向かえば十分乗れます。しかし腹痛が・・・。
ええ、もちろん電車は行ってしまいましたよ。幸いなことに切符を買う前だったので、なんとでも・・・ならずに、なんと次にミラノに向かう電車は1時間半後でした。腹痛の危険から、あまり食べ物は取りたくないし。なので待合室でガイドブックを見ながらぽかーんと過ごします。クライアントの皆様、無駄な人生を送ってどうもすいません・・・。
まあ1時間半後の電車でも1時にはミラノに着きます。ミケーラとの待ち合わせはドゥオモの前に16時半だったので、ミラノの街を一回りできます。さくっと到着後は手荷物を預けて、ミラノの街に飛び出しました。
だめです。静かなパドヴァからやってきたので、都会の喧噪に慣れることが出来ません・・・。
体力がどんどん減っていくのを感じたので、ここでエネルギーに昼食です。晩ご飯の時間を考えると14時半の昼食は妥当でしょう。とりあえず生ハムのピッツァを・・・。昼からミラノ名物を食べるとおそろしくお金が掛かりそうだったので、ここは控えめに行きます。
そして有名なブランド街であるモンテプルチアーノ通りをなどを観察します。ウインドウの写真を撮りたかったのですが、あまりに人が多くて撮れません。それにブランドの袋を持って歩いている日本人と同じと思われるのが辛いので、早々にここを立ち去ることにしました。
いったん駅に戻って、荷物を受け取ってドゥオモ駅を目指します。これがミラノの誇るドゥオモです! ええ、正面は工事中でしたとも・・・。
これで動く気力を無くしてしまったので、ドゥオモの前の石段に座って、またぽかーんと過ごします。すいません。
30分近く経った頃にミケーラから電話が掛かってきました。
「もしもし~」
日本語歴4ヶ月の割によく話します。そして服の特徴などを言いながら、とうとう出会うことが出来ました。登場したのはミケーラとその旦那のマリオです。ただし一緒に住んでいますが、法律上の結婚をしているかどうかは別問題です。
この2人、同じ日本語の学校で勉強しているそうです。ミケーラは病院の事務、マリオはレンタルビデオ店の店員です。
とりあえずこの日は家に直行と言うことで、まず地下鉄に乗ります。最終の駅まで・・・。すでにミラノでもなんでもないところの気がします。ここからまだ車で20分以上走ります。
車の中で聞かされた音楽は、長渕剛でした。こんなところで「ろくなもんじゃねぇ」を聴けるとは・・・。ある意味でテンション下がりまくりです。歌詞の意味はわからないけど、メロディーが最高だみたいなことをイタリア語で言ってます。今イチ同意しきれません・・・。なんだか不必要にアンニュイな気分になってきました。
20分間の長渕の後、とうとう家に到着。ここはすでにミラノではなくモンツァです。非常にきれいな家で、暖炉まであります。裏の倉庫には山のように薪が置いてありました。
夕食はミラノ風のカツレツです。僕がメールで食べたいと書いたので、わざわざ材料を用意してくれたようです。これは非常においしかったです。
あ、食べたいと書いたのは日本にいるときで、うちに泊まって行けといわれたのはイタリアに渡ってからです。ここは重要なところです。けして泊めてもらうことが決まってから、食事のリクエストをしたわけではありません。そこまであつかましくないですよ!
夕食後にマリオはまた店に戻っていきました。で、少しミケーラに漢字の書き順について教えた後、映画でも見ようと言うことで、この中から選べといわれたのですが、さすがレンタルビデオ店勤務のマリオのコレクション。どう考えてもDVDが1000枚以上あります。こんなに多かったらかえって選びにくいのですが・・・。
その中から僕が選んだのは「ルパン3世 炎の記憶/TOKYO CRISIS」です。なぜイタリアまで来てルパンかと言われれば、日本語音声か字幕がないと全部理解できないからです。
あ、ミケーラからはイタリア語の教本3冊をもらいました。こっちは急な訪問でなんの手土産も準備してなかったのに・・・。秋には日本に来るらしいので、その時にぜひお返しをしようと思います。
見ている途中でミケーラは先に寝ると言って寝ちゃいました。日頃の仕事の疲れがたまっているようです。「明日はいつ出発するの?」と聞いたら「起きてから」という非常にありがたい回答をもらいました。ということは僕も寝たいだけ寝ていいということだと好意的に解釈して、目覚ましを掛けずに寝ることにしました。
ふむ、振り返ってみると何もしてない一日ですね・・・。
投稿日時: 2006年03月20日 17時38分
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さて9日目です。多少逃亡生活にも飽きが出てきた感じがします。やはり人間は多少働かねばなりません。
あまりそんな印象はないかもしれませんが、概してイタリアの人はとっても勤勉だと思います。どう考えても僕より働いている人が多いのです。朝早くから夜遅くまで働いていますね。
という感想など述べつつ、この日は9時半頃目覚めました。さすがに昨日の夜がこたえて起きられなかったんですね。パドヴァ観光だけの予定にしたので、のんびりと家を出て、中心地に向かいます。
まず最初に向かったのはプラート・デッラ・ヴァッレに向かいます。昨日出会ったダヴィデによれば、ヨーロッパで2番目に大きな広場だそうです。ちなみに一番はモスクワの赤の広場らしいです。実際に行ってみると、大きいのですが、ほんとに普通の広場というか公園なので、特に見るものもなく、通過してしまいました。思いっきりデートコースのようで、居づらかったのも確かなのですが・・・。
次はサンタントニオ聖堂です。ここも内部の写真はなしということでご了解を。
その代わりにウインドウで見つけたこの物体を。誰も見たくないとは思いますが・・・。これはもしかしてスライムでしょうか?
ここいらでお腹が空いてきたので、ピッツェリアに入ります。ちょっと豪華な感じで、モッツァレッラと生ハムの前菜に魚介類のフリット(揚げ物)にしました。イタリアに入ってからあまり魚介類は食べていなかったので、とってもおいしゅうございました。
それから次にジョットのフレスコ画のあるスクロヴェーニ礼拝堂に行きました。ここは修復も終わり、色鮮やかなフレスコ画を見ることが出来ます。これが礼拝堂の中全てを覆っているわけです。
ここに入るのにはステップがあって、まず温度調整室で15分ほどビデオを見て待機して、初めて中に入ることが出来ます。ものすごく保存に気を遣っているわけですね。
もちろん写真を撮ることが出来ませんが、ジョットの最高傑作ですね。パドヴァにお立ち寄りの際はぜひこちらに。繁忙期には予約をお忘れなく!
この後は同じ場所に立っている市立博物館の見学です。古代エトルリアの発掘品からヴェネツィア派の絵画までなんでも揃っている感じです。でも最初のジョットがあまりにもすごかったので、だんだんとテンションが下がっていく自分を感じてしまいます。所蔵品も多すぎて、お腹一杯という感じなのですね。
じっくり見ていると疲れてしまったので、退散することにしました。この夜は家に帰って、グリサノ家の人々との夕食です。ルカの弟のダヴィデとヴェロニカもやってきました。
彼は警察官で、腰に拳銃を付けたままの登場です。元々はパドヴァのギャングのリーダーだったらしく、弾を抜いた銃で遊んでいます。僕も貸してもらって、とりあえず自分の頭に銃を突きつけてみました。なるほど、こんな気分なのか・・・。
ご飯はとってもおいしいシチューでした。この料理をなんと呼ぶのかは聞くのを忘れてしまいましたが。
そのまましばらくリビングで家族みんなでテレビを見た後は、子供のビデオなどを見せられました。国を問わず親のしたいことってあまり変わらないようです。でもこれがなかなか良くできたビデオで、十分楽しめましたよ。
寝る前には今度またイタリアに来るときには、いつでも連絡をくれたらここにいていいからと言われました。あまり社交辞令というのはない国柄だと思っているので、ぜひまた会いに来たいと思います。
そしてシャワーを浴びて、洗濯をしてこの日は終わりです。明日は一緒に朝ご飯をバールで食べて、パドヴァの駅まで送ってくれるとのことです。迎えに来てくれて、送ってもくれる・・・なんてありがたいことでしょう。
とっても暖かい気分になれたので、そのままぐっすり眠ることが出来ました。
投稿日時: 2006年03月14日 20時30分
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もはやぐだぐだで自分でもわけがわからなくなってきたイタリア生活ですが、いよいよ8日目に突入してきました。これだけ仕事をしないと、曜日の感覚がすっかりなくなってしまっています。
他人の家だというのにすっかり9時まで寝てしまいました。今日はルカの友達のソウ(日本人)と会うことになっていますが、その前に行かねばならないのはヴェネツィアです。当初の予定ではとってもゆっくりとヴェネツィアで過ごす予定だったのですが、いつの間にか半日観光になってしまっています。まあ一度行ってるからよいのですが。
と言うわけで朝ご飯に搾りたてのオレンジジュースをいただきました。シチリア産のオレンジでこれが非常においしゅうございます。
ゆるゆると10時頃に出かけて、まずはバス・・・これが30分来ません。どうやら1時間に2本しか来ないところらしいのですが、なぜか同じ路線で終着駅が違うという変則的な路線のようです。これが後ほど悲劇を招きます。
バスの本数が少ないことは覚悟していたのでよいのですが、問題は電車でした。買ったはずの電車が来ません・・・。遅れるとかいうのではなく、運休のようです。そんなチケット売らないでください! まあ仕方がないのですぐ後の電車でヴェネツィアに向かいます。
パドヴァとヴェネツィアはとっても近く、各駅停車でも40分弱で着いてしまいます。バスのロスタイムとかで2時間近く掛かってますけど、パドヴァの中心地に宿を取れば問題ないでしょう。
ヴェネツィアの窓口はサンタ・ルチア駅になります。そこを降りればアドリア海の女王と歌われた海の都ヴェネツィアです。水の都と言われますが、私は塩野七生先生の海の都という言葉を支持します。
で、まずはサンマルコ広場に向かいます。表示もあるので、人の流れが多い方に向かっていけば大丈夫だろうと思っていましたが、思いっきり迷ってしまいました。この街の特徴は土地が狭いため、路地も狭くて、建物が高くなっています。必然的に目印になる建物も見えないのです。
意味なく時間を浪費したわけでもなく、路地にあるショーウインドウなどをのぞきながらうろうろするのも楽しいので、これは全然気にしていません。
あれやこれやらしながらたどり着いたのはサンマルコ教会の裏でした。表に回るとこんな感じです。中の写真は撮れないのですが、ここの内装は金箔が貼られています。これだけでも中世のヴェネツィアの繁栄がよくわかります。
その前のサンマルコ広場はこんな感じになっています。ありえないくらいの数の鳩がいます。ヒッチコックもびっくりです。1ユーロで鳩のエサも売っているのですが、もちろんそんなものは買いません。頭の上に鳩が乗ってもうれしくないです。
というわけで昼食を。朝に何も食べていないのに、あまり食欲がなかったのはパドヴァへのバスが石畳で、しかもくねくね曲がるので酔ってしまったからです。なのでパニーノ1つで済ませることにしました。迷ってる間に水だけは調達していたので、それで流し込みます。3.5ユーロ(500円ちょっと)というヴェネツィアの物価に辟易しましたが・・・。
大変満足したので、次はドゥカーレ宮殿です。この建物も大変豪華な作りになっています。裁判や元老員の議会もここで開かれていたようです。本土の人口はたかだか10万人程度だったようですが、それでもこれだけ繁栄できたのがすごいなぁと素直に感心してしまいます。
歩き疲れたので、ここは広場のカフェで休憩です。17世紀から続くカフェ・クアードリやカフェ・フローリアンといった老舗もあるのですが、あまりにも高いため、その隣のカフェで休憩です。疲れを取るためにホットチョコレートを飲むのが習慣になってきていますが、このカフェでもチョコレートが8ユーロ(1200円弱)します。
さて、帰りましょう。他に寄るところはいっぱいあるのですが、次回の宿題として残しておくことに決めました。この後の予定があるので、これ以上頑張ると疲れてしまいます。でもヴァポレット(水上バス)で一瞬で帰ってしまうのも少し味気ないので、リアルト橋を超えて、またうろうろしながら歩いて帰ることにしました。
もう少し写真がありますので、何も言わずヴェネツィアの風景をお楽しみ下さい。
夕焼けのヴェネツィアをどうしても見たかったんですよね。ただそれだけです。本当にきれいな街で大好きなのですが、住む気には今イチなれません・・・。
で、パドヴァに戻ってくると今度はソウさんとの待ち合わせです。彼はルカの友達ですが、初めて会います。今夜は3人で共同生活を送っているソウさんが住んでいるところで、ご飯をいただくことになりました。人の世話になりっぱなしの人生でごめんなさい。
この3人、ソウさんは靴のデザイナー、チラさん(日本人女性)はジュエリーデザインの勉強中です。特に家主のダヴィデは職業不明で比較的インチキくさい風貌をしています。本当にいろんなことを何でも知っていて、歴史からファッションに至るまであらゆることを解説してくれます。どうも私と同じ空気を感じますが、4人でとっても楽しくておいしい夕食をいただくことが出来ました。
最終バスに乗って帰るところまで、バス停までソウさんとダヴィデが送ってくれました。いろいろ話して、今度は日本で会おうということでお別れしました。夏くらいには日本に来るかもしれないということで、またこの皆さんともぜひお会いしたいと思っています。
こちらのバスは乗車前に必ず切符を買って検札しないと行けないのですが、この時間に開いている店などイタリアには当然ありません。なので、チケットを持たずにバスに乗り込みます。で、バスの運転手さんにチケットを持ってないというと、早口で何かを言うのですが、ちっともわかりません。あんまりしつこく聞いて事故を起こされても困ってしまうので、そこそこにして席に座りました。
20分ちょいバスが走りましたが、そのバスが目的地に着きませんでした。先ほども書いたようにこの路線は終点が2つあるので、通過してしまっていたのです。土地勘もない上に暗くてすっかりわからなくなっていたのですね。
とりあえずチケットがないというと、いいよいいよと言って下ろしてくれましたが、真っ暗な中にただ一人取り残されたことに変わりはありません。終点まで乗ってきたのは僕一人だったので、誰かに聞こうにも人はなく、終点がないことに気づいたのはバスが行ってしまってからだったので、どうしようもありません・・・。
しばらくとぼとぼと歩いていると、TENCAROLAという私が行きたい場所を指し示す標識が見えてきました。なんとか助かったかと思いながら歩いていくのですが、どんどん人も車も少なく、街灯の数すら減っていきます。やばいかもしれんと思ったところで、ソウさんから電話が掛かってきました。
「着きました?」
「いえ、見たこともないところを一人で歩いてます」
と答えると、通りの名前を教えてくれというので、伝えるとどうやらインターネットで現在地を検索してくれているようです。
「まだ3kmくらいありますよ」
と言われますが、どっちに3kmか怪しい状態なので、少しずつ歩きながら通りの名前を告げて、近づいていることを確認しながら進んでいきます。
そんなやりとりをすること30分、ようやく自分の持っている地図の範囲に入ってきました。ここからなら帰れると言うことで、遅くまでつきあっていただいた皆さんにお礼をいいつつ、帰宅しました。
1時間10分ほど歩いていたようです。さすがにもう死ぬのかもと思いましたが、Souさんのおかげでこうして日記も書くことが出来ました。本当にありがとう。また日本でお待ちしております。
という感じだったので、家に帰ってからシャワーを浴びる気力すらなく、そのまま倒れ込むように寝てしまいました。
滅多にない経験をしましたが、もう二度とこんな目には遭いたくありません。お気楽逃亡生活のはずなのに・・・。
皆さんも時間には余裕を持って行動してくださいね。
投稿日時: 2006年03月14日 19時42分
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元ウェブデザイナーの経験から、操作が必要なもののカラーコーディネートを得意としております。ウェブカラーに関する講演や執筆も多数あります。写真は飼い猫のぶるたんです。
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