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今までのイタリア旅行の記録を残しています。
さてジェノヴァ生活2日目です。今日はぐっすりと眠れたので、8時過ぎに目を覚ましました。王宮は午前中だけなので、早めに動くことが出来そうです。9時半にホテルを出発です。
朝食はいろいろと並んでいるのですが、コーヒーとオレンジジュース、コルネットにちょっとだけハムを追加しました。なぜコーヒーかというと、エスプレッソマシンが動かなかったのですね。いわゆるアメリカンですよ。こっちで飲んでもちっともおいしくないです・・・。
そんなわけで王宮まで出発です。と言ってもホテルから300mくらいしか離れていないので、すぐなのですが・・・。昨日は入館を拒否(休み)されましたが、今日は入れてもらえました。
王宮の庭からは海も見えてとってもよい感じです。ここジェノヴァにはヴァン・ダイクの絵がたくさん残っていて、ここにももちろんあります。が、あまり好きではないので心に響きません・・・。
次は街歩きです。本当は赤の宮殿と白の宮殿に行きたかったのですが、連続で絵を見るととっても疲れてしまいます。限度は2つくらいだと思うのですが、昨日休みだったために今日3つ見なければならないという状況です。ジェノヴァに来られる皆さんは、ぜひ月曜日を外して予定を組んでくださいね。
うろうろしてるとそろそろ12時半。お腹も空いてきました。ここで昨日目をつけておいたトラットリアに向かいます。いい雰囲気のお店で、地元リグーリア料理を食べさせてくれるみたいです。
食べたのはサラミ、クルミソースのパンソッティ(ラビオリの親戚)、ウサギ肉のリグリア風です。おまけにパンケーキまで付けました。全部で33ユーロ(5000円弱)で大満足です。各都市で1回は贅沢しようという目標も達成できました。今回は眼鏡も壊していないし、自分の物を全然買っていないので、比較的お金に余裕がありそうな感じです。
店員のお姉さんがものすごく美人で感じもよかったことも付け加えておきましょう。ジェノヴァに行く人はあんまりいないとは思いますが、知りたい人は名前と場所を教えますので、連絡ください。あ、お姉さんの名前じゃなくてお店の名前です。
さてお腹も一杯になって、元気になったところで、赤と白の宮殿のはしごです。が、食べ過ぎてしんどいのと絵を見すぎて頭の中もいっぱいになってきました。一枚ずつ鑑賞していくという気力がなくなったので、ここは飛ばし見します。ヴァン・ダイクばっかり出てきても心が浮き立ちません。1枚だけあったカラヴァッジョがせめてもの救いでした・・・。
かなり頭を使ってしまった感じがあるので、自然でも見ようと思って、フニコラーレ(ケーブルカー)で山の上まで一気に上がります。片道50チェンテージミ(75円くらい)なので、ぜひ上ってみるといいと思います。ジェノヴァの街が一望できて、頭もリフレッシュ出来ました。
帰りは街を見下ろしながら自分の足で下ってきました。1時間近くかかりましたが・・・。ケーブルカーの直線走行で10分近くかかる距離ですから、くねくね降りていく道路だと推して知るべきでしたが、かなり頭が悪くなっているようです。道も良くないし、下りはやはり足に負担が掛かります。
よれよれになりながら、とりあえずいったん休憩のためにホテルに戻ったのは5時を過ぎてからでした。お昼ご飯を適当に食べていたら、すでに行き倒れていたかもしれません・・・。ここで30分ほど仮眠を取ることにしました。少し休まないと足が動きませんので。
目が覚めたら6時半でしたが、お昼の影響でちっともお腹が空いていません。幸い足は元に戻ってきていたので、歩いているうちにお腹が空くだろうということで、街歩きの再開です。
夜のフェラーリ広場です。同じ場所でもライトアップすると全然印象が違いますね。こういうのが仕事に活きてきます、多分。
お腹が空かないままうろうろしていましたが、昨日書いたようにトラットリアは路地にあったりするので、路地をのぞきながら歩いていると、特に薄暗い路地の奧から黒人の女性が手招きをしてます。間違いなく何かを売っているに違いありません。きっと人類最初の職業の人でしょう。気力、体力、勇気、お金の全てが僕には欠けていますので、ここはスルーです。
そんなこんなで2時間も歩いてしまったのですが、ちっともお腹が空きません。結局軽く済ませようと思って、昨日の夕食と同じピッツェリアに入りました。
すると向こうの方で魚介類のスープを食べている人がいます。これならあっさりしてるかなと思って注文してみると、これがとってもおいしい! さすが海洋都市。海の幸はとってもおいしいです。大満足の夕食で払ったのは食後のコーヒーと水も併せて24ユーロ(3500円くらい)でした。とっても安い感じです。この値段を安いと感じる自分の金銭感覚には多少疑問を持ったりしますが、ここはイタリアなので気にしないことにします。
ホテルに戻ってきたのは9時半。また洗濯をして、出発の準備をします。明日は昼にピサに行って、フィレンツェに宿泊しようかと思ってます。ピサとかルッカの宿泊でもいいんですけど、フィレンツェの方が勝手がわかるので、動きやすいんですよね。ちょっと移動が大変かもしれませんが、ピサ中央駅には手荷物預かり所があるらしいので、なんとかなるでしょう。ゆっくり眠ってから出発しようと思います。
あ、今回のジェノヴァのホテルは無料でインターネットが使えます。一台しかなくってイタリア語と英語しか使えないけど・・・。とりあえず空くのを待って、フィレンツェのホテルを予約してみました。自分の足で探すのもおもしろいけど、移動が辛いときには便利です。私が使っているのはVenere.comです。前日の予約も大丈夫だし便利ですよ。日本語での予約もできます。
駅から5分くらいのところなので、疲れていても大丈夫な場所で探してみました。マキャベッリ・パレスという大層な名前がついていますが、3つ星ホテルで一泊60ユーロ。立地から考えるとまずまずの値段だと思います。
ではではおやすみなさい。
投稿日時: 2006年04月19日 14時39分
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タグ: イタリア, ネコ, 旅行
さて12日目。モンツァを出発します。朝8時半に起きれば良かったのですが、こういうときは早く目覚めてしまいます。仕事の時は朝が非常に辛いのですが・・・。
ミケーラは既に仕事に出ていたので、レンタルビデオ店に出勤するマリオにくっついて出かけます。車の温度計を見ると-1.3度になっています。昨日の夜は-5度になっていたようです。モンツァはミラノに比べても3度ほど気温が低いとマリオが説明してくれました。
途中で犬にエサをやった後に、あっさりと到着。マリオと別れの挨拶をしてミラノに向かいます。
駅に着いて、電車の時間を調べてみるとちょうど1時間後でした。朝食のフォッカッチャを待合室で食べて、バールでエスプレッソを飲んで、水を買って出発準備完了です。30分ほど時間がありましたが、列車は到着していたので、乗り込んで爆睡することにしました。
途中、検札で起こされてみると外はすごくきれいな雪景色に。ちょうどいいところで起こしてくれた感じがします。
ミラノからジェノヴァまでは1時間半なので、そんなに遠くはありません。でもジェノヴァの駅を降りてみると、気温が明らかにミラノより高く、マフラーをしていると暑く感じるくらいでした。
まずは昨日インターネットで見つけたホテルを探そうとしましたが、駅を出た瞬間に見つかりました。駅から50mの言葉に偽りなしです。ホテルの窓から見ると、目の前が線路になっています。むしろ近すぎて電車の到着がわかってしまいます。窓を開けるとほら・・・。
荷物を置いて早速ジェノヴァの街に繰り出してみることにしました。駅前にあるのはクリストフォロ・コロンボ(一般的にはコロンブス)の銅像です。スペイン国王の支援でインディアス(アメリカ)に到達したために、スペイン人だと思われているようですが、れっきとしたジェノヴァ出身の人です。英語だとクリストファー・コロンブス、スペイン語だとクリストバル・コロンになるのですね。写真が夕方なのは、昼に撮った写真がぶれていたからです。
他にもジェノヴァといえば母を訪ねて三千里を忘れてはいけません。そう、母親を捜すために南米に家出した、サルを連れたあの少年のことです。マルコのことよりも、ジェノヴァに残された父親と兄弟の方が心配だったりしますが、それは置いておきましょう。
もう一つ付け加えておくと、母を訪ねて三千里のエンディングテーマにある「かあさん、おはよう ボンジョルノ ミア・マードレ」という歌詞はイタリア語ですね。実はこれがある年代の日本人が最初に覚えるイタリア語ではないかという気がします。同じようなことを日本語とイタリア語で繰り返しています。「殿さまキングス」みたいなものかもしれません。
駅前の旧市街を歩いていると王宮を発見しましたが、中に入れてもらえません。正装度が足りないのだろうかと思ったら、今日は休館日。実はジェノヴァでは月曜休館のところが多く、これでは何も出来ない状態です。
そこでヨーロッパNo.1の水族館に行ってみました。感想は大阪の海遊館ってすごいんだなぁ・・・以上です。それだけではつまらないので、水族館の写真でもお楽しみください。
これは南の海の魚です。どれが何かはちっともわかりません。英語とイタリア語で説明が書かれてしましたが、魚の名前までは僕の能力を超えていますので・・・。
そしてヴェッキオ港に。ここからマルコも出航していったはずです。(実際にはしてないけど) 後ろが山、前が海というのもとってもいい感じです。イタリア半島の付け根という好立地で繁栄したのがしのばれる光景です。
後は空いている施設がほとんど無いので、いろいろなところを散策しました。階段や坂道が多くてかなり歩くのが大変でしたが・・・。
5時半頃にすでにお腹が空いてきました。そう言われるとミラノでフォッカッチャを食べてから何も食べていないなと思ったのですが、ちょこっとお腹に入れて散策をするという元気もなかったので、早いけど夕食を食べようと思って、探したのですが、これが全然見つかりません。ガイドブックには手頃な値段のトラットリアがいたるところにあると書いてあるのに・・・。
きっと時間が早いことと、見つからない場所にあるからに違いありません。大通りにはバールはあってもリストランテなど全然ないんですよね。路地を入っていくと見つかると思うんですけど、そんな路地は観光客は歩きませんから・・・。仕方ないので路地に入っていきましたが、ほとんどのお店が7時とか7時半以降でないと開かないみたいです。
仕方ないのでホテルの近くにあったピッツェリアに入りました。ジェノヴァのサラミを前菜に、ペンネ・アラビアータとジェノヴァ風のスカロッパ(エスカロップ)を食べました。ここは魚介類がおいしいのですが、明日の昼食と夕食でがっつりと食べようと思います。
移動の疲れもあって、ホテルには7時半頃に戻ってきました。それから洗濯をして、オリンピックを見ながら、モンツァのミケーラにお礼の電話を掛けました。
今日は早々に寝て、明日に備えようと思います。ホテル暮らしは気楽なので、目覚ましもセットせずに寝ようと思います。ではではおやすみなさい。
投稿日時: 2006年04月11日 16時05分
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タグ: イタリア, 旅行
では11日目行ってみましょう。
いくらでも寝られるという状況で僕は10時半までたっぷり9時間半ほど寝ました。ものすごく元気です。既にマリオは仕事に行ったようですが、ミケーラはまだ起きてきません。最終的に起きてきたのは11時前だったので、きっと11時間くらい寝てるはずです。
まず朝食を食べに行こうということで、車で出発します。車庫からバックで車を出していると「がつん」という音と共に体が大きく揺れました。後ろの壁に激突したようです・・・。「この運転で大丈夫か?」と思ったら、「大丈夫、大丈夫。私は運転が上手です」と日本語で答えが。いや、信用できません。
ちなみに車内BGMは長渕ではなく、Gacktです。同じ曲を延々とリピートしています。こういうとき僕はどうすればいいんでしょうか・・・。
朝食に連れてこられたのは近くのバールです。ミケーラのお母さんがやっているバールで、少し古い感じですが、常連さんでにぎわっていました。ここでカプチーノとコルネットをいただきます。
今度はミケーラのお父さんのお見舞いに。病院に入院してるのですが、僕も同行して挨拶しました。ここはミケーラの勤める病院でもあるので、職場訪問をしたことにもなります。
その次に行ったのは、マリオの働くレンタルビデオ店。さすがにイタリアでレンタルビデオ店に入るのは初めてです。何をしにいったかというと、行ってきますというためだけです。
ここでイタリアの一般家庭を訪問することで、初めて体験出来たことを整理しておきましょう。
さて、そのマリオのレンタルビデオ店のすぐ横からミラノ中央駅に行くバスが出ています。おそろしく揺れますが、30分ほどでミラノに着きました。
そもそも何をするかを聞かずに家を出てきたのですが、この日は友達を呼んで日本食レストランに行くことになっていたようです。
連れて行かれたのは「大阪」という名の日本食レストランです。イタリアでは日本食など食べたこと無かったので、とても新鮮な感じがします。
そこに集まったのはKさん(日本人男性)、Rくん(日本人男性)、シモーネ(イタリア人男性)と僕たち2人の5人です。
何を食べるか悩んだのですが、ここでラーメンはないだろうと思って、とりあえず天ぷら御膳を注文してみました。17ユーロ(2500円くらい)です。夜はもっと高いらしいのですが、まあお昼ならいいでしょう。そもそも泊めてもらってるので、お金が掛からないので納得できる値段です。
日本を飛び出してイタリアで働いている人は一癖もふた癖もあって、話していると非常におもしろいです。
Kさんはマッサージ師なのですが、言葉もろくに話せないまま去年イタリアに渡ってきて、紹介で仕事をもらいながら頑張っているようです。
Rくんはまだ22歳ながらグラフィックデザイナーとして仕事をしているそうです。食事をしながらイタリアのデザインはあーだこーだと言うのは新鮮です。デザイナーさんとは興味を持つ対象が同じなので、話も通じやすいのですね。
写真は帰ってしまったKさんを除いた3人です。左からRくん、ミケーラ、シモーネです。
イタリア人のシモーネはものすごく流暢な日本語を話します。6年ほど日本語を勉強したようで、普通に日本語で話しても十分に通用します。また歌手を目指していて、イタリア中の人が集まるコンクールに出場するために、毎週歌のレッスンに通っているそうです。ちなみにコンクールで歌うのは平井堅の「瞳をとじて」だそうです・・・。
食事の後はスフォルツェスコ城に行きました。スフォルツァ家の支配の象徴です。
そしてその奧にはあやしげな遊園地が。遊園地というよりは、露天の集合体と言ったほうが正確かもしれません。4年前に来たときにはそんなのなかったのですが、すっかり様変わりしているようです。このアトラクションですが、輪投げなどの商品が手に入る当て物系が半分を占めています。乗り物などもありますが、明らかにちょっとおかしいミッキーとかプーさんがいっぱいいました。
スフォルツェスコ城を後にして、今度はみんなでホットチョコレートを飲みに行きました。Rくんのおすすめの店なのですが、ものすごく流行っていました。実際にとっても美味しかったです。連れて行ってもらったので、今イチ場所を覚えてないんですよねぇ。今度メールで聞かねば・・・。
その後はウインドウショッピングをしにいきました。ミケーラとシモーネとはぐれてしまったので、Rくんと二人でうろうろします。とりあえずプラダとバリーに入って、あれやこれやと物色。デザインについてあれやこれやと話をしていました。
そうこうするうちに6時になったので、とりあえず電話をして合流した後で、Rくんは帰宅しました。ガッレリアを通って、ドゥオモに向かいます。ここでシモーネも退場です。
ミケーレと2人でドゥオモの見学。お昼もすごいですが、夜もとても素敵です。10分ほど見たところでミサが始まるので退場するようにとのことで撤収。外をぐるっと一周して、バスで家に戻りました。
この日の夕食はつくねのようなものを揚げたものでした。これも美味しかったんですけど、料理の名前を聞くのを忘れてしまいました。いったい何だったんでしょうか? またミケーラに電話して聞いてみようと思います。
食後にミケーラがジェノヴァのホテル探しを手伝ってくれました。駅から近くて安い3ツ星ホテルを見つけることが出来て、この日は終わりです。映画を見るかと言われたんですが、荷造りをしなければいけないので、断りました。
そんなわけでモンツァ生活も終わりです。明日は海洋都市ジェノヴァ。初めて訪れるところなので、ものすごく楽しみです。
投稿日時: 2006年03月28日 19時59分
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タグ: イタリア, 旅行
さてさて10日目。本日はパドヴァのグリサノ家からミケーラの家に移動です。皆さんのおかげで元気に生きさせていただいております。本当にありがとうございます。
8時10分に家を出発して、ルカの両親と一緒にバールに朝食を食べに行きました。コルネットとカプチーノの組み合わせはいつもと変わりません。こっちの人の朝食は非常に軽いです。食べない人もたくさんいます。
その後、お母さんは川に洗濯じゃなくて、家事に戻って、お父さんがパドヴァの駅まで送ってくれました。外見はよれよれの車ですが、アルファロメオだったりします。イタリアでは小汚いアルファロメオとかベンツとかが走っています。日本ではあり得ないですよね。
さて別れを惜しみつつパドヴァの駅に着くと、10分後にちょうどいい電車がありました。今なら切符を買ってホームに向かえば十分乗れます。しかし腹痛が・・・。
ええ、もちろん電車は行ってしまいましたよ。幸いなことに切符を買う前だったので、なんとでも・・・ならずに、なんと次にミラノに向かう電車は1時間半後でした。腹痛の危険から、あまり食べ物は取りたくないし。なので待合室でガイドブックを見ながらぽかーんと過ごします。クライアントの皆様、無駄な人生を送ってどうもすいません・・・。
まあ1時間半後の電車でも1時にはミラノに着きます。ミケーラとの待ち合わせはドゥオモの前に16時半だったので、ミラノの街を一回りできます。さくっと到着後は手荷物を預けて、ミラノの街に飛び出しました。
だめです。静かなパドヴァからやってきたので、都会の喧噪に慣れることが出来ません・・・。
体力がどんどん減っていくのを感じたので、ここでエネルギーに昼食です。晩ご飯の時間を考えると14時半の昼食は妥当でしょう。とりあえず生ハムのピッツァを・・・。昼からミラノ名物を食べるとおそろしくお金が掛かりそうだったので、ここは控えめに行きます。
そして有名なブランド街であるモンテプルチアーノ通りをなどを観察します。ウインドウの写真を撮りたかったのですが、あまりに人が多くて撮れません。それにブランドの袋を持って歩いている日本人と同じと思われるのが辛いので、早々にここを立ち去ることにしました。
いったん駅に戻って、荷物を受け取ってドゥオモ駅を目指します。これがミラノの誇るドゥオモです! ええ、正面は工事中でしたとも・・・。
これで動く気力を無くしてしまったので、ドゥオモの前の石段に座って、またぽかーんと過ごします。すいません。
30分近く経った頃にミケーラから電話が掛かってきました。
「もしもし~」
日本語歴4ヶ月の割によく話します。そして服の特徴などを言いながら、とうとう出会うことが出来ました。登場したのはミケーラとその旦那のマリオです。ただし一緒に住んでいますが、法律上の結婚をしているかどうかは別問題です。
この2人、同じ日本語の学校で勉強しているそうです。ミケーラは病院の事務、マリオはレンタルビデオ店の店員です。
とりあえずこの日は家に直行と言うことで、まず地下鉄に乗ります。最終の駅まで・・・。すでにミラノでもなんでもないところの気がします。ここからまだ車で20分以上走ります。
車の中で聞かされた音楽は、長渕剛でした。こんなところで「ろくなもんじゃねぇ」を聴けるとは・・・。ある意味でテンション下がりまくりです。歌詞の意味はわからないけど、メロディーが最高だみたいなことをイタリア語で言ってます。今イチ同意しきれません・・・。なんだか不必要にアンニュイな気分になってきました。
20分間の長渕の後、とうとう家に到着。ここはすでにミラノではなくモンツァです。非常にきれいな家で、暖炉まであります。裏の倉庫には山のように薪が置いてありました。
夕食はミラノ風のカツレツです。僕がメールで食べたいと書いたので、わざわざ材料を用意してくれたようです。これは非常においしかったです。
あ、食べたいと書いたのは日本にいるときで、うちに泊まって行けといわれたのはイタリアに渡ってからです。ここは重要なところです。けして泊めてもらうことが決まってから、食事のリクエストをしたわけではありません。そこまであつかましくないですよ!
夕食後にマリオはまた店に戻っていきました。で、少しミケーラに漢字の書き順について教えた後、映画でも見ようと言うことで、この中から選べといわれたのですが、さすがレンタルビデオ店勤務のマリオのコレクション。どう考えてもDVDが1000枚以上あります。こんなに多かったらかえって選びにくいのですが・・・。
その中から僕が選んだのは「ルパン3世 炎の記憶/TOKYO CRISIS」です。なぜイタリアまで来てルパンかと言われれば、日本語音声か字幕がないと全部理解できないからです。
あ、ミケーラからはイタリア語の教本3冊をもらいました。こっちは急な訪問でなんの手土産も準備してなかったのに・・・。秋には日本に来るらしいので、その時にぜひお返しをしようと思います。
見ている途中でミケーラは先に寝ると言って寝ちゃいました。日頃の仕事の疲れがたまっているようです。「明日はいつ出発するの?」と聞いたら「起きてから」という非常にありがたい回答をもらいました。ということは僕も寝たいだけ寝ていいということだと好意的に解釈して、目覚ましを掛けずに寝ることにしました。
ふむ、振り返ってみると何もしてない一日ですね・・・。
投稿日時: 2006年03月20日 17時38分
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さて9日目です。多少逃亡生活にも飽きが出てきた感じがします。やはり人間は多少働かねばなりません。
あまりそんな印象はないかもしれませんが、概してイタリアの人はとっても勤勉だと思います。どう考えても僕より働いている人が多いのです。朝早くから夜遅くまで働いていますね。
という感想など述べつつ、この日は9時半頃目覚めました。さすがに昨日の夜がこたえて起きられなかったんですね。パドヴァ観光だけの予定にしたので、のんびりと家を出て、中心地に向かいます。
まず最初に向かったのはプラート・デッラ・ヴァッレに向かいます。昨日出会ったダヴィデによれば、ヨーロッパで2番目に大きな広場だそうです。ちなみに一番はモスクワの赤の広場らしいです。実際に行ってみると、大きいのですが、ほんとに普通の広場というか公園なので、特に見るものもなく、通過してしまいました。思いっきりデートコースのようで、居づらかったのも確かなのですが・・・。
次はサンタントニオ聖堂です。ここも内部の写真はなしということでご了解を。
その代わりにウインドウで見つけたこの物体を。誰も見たくないとは思いますが・・・。これはもしかしてスライムでしょうか?
ここいらでお腹が空いてきたので、ピッツェリアに入ります。ちょっと豪華な感じで、モッツァレッラと生ハムの前菜に魚介類のフリット(揚げ物)にしました。イタリアに入ってからあまり魚介類は食べていなかったので、とってもおいしゅうございました。
それから次にジョットのフレスコ画のあるスクロヴェーニ礼拝堂に行きました。ここは修復も終わり、色鮮やかなフレスコ画を見ることが出来ます。これが礼拝堂の中全てを覆っているわけです。
ここに入るのにはステップがあって、まず温度調整室で15分ほどビデオを見て待機して、初めて中に入ることが出来ます。ものすごく保存に気を遣っているわけですね。
もちろん写真を撮ることが出来ませんが、ジョットの最高傑作ですね。パドヴァにお立ち寄りの際はぜひこちらに。繁忙期には予約をお忘れなく!
この後は同じ場所に立っている市立博物館の見学です。古代エトルリアの発掘品からヴェネツィア派の絵画までなんでも揃っている感じです。でも最初のジョットがあまりにもすごかったので、だんだんとテンションが下がっていく自分を感じてしまいます。所蔵品も多すぎて、お腹一杯という感じなのですね。
じっくり見ていると疲れてしまったので、退散することにしました。この夜は家に帰って、グリサノ家の人々との夕食です。ルカの弟のダヴィデとヴェロニカもやってきました。
彼は警察官で、腰に拳銃を付けたままの登場です。元々はパドヴァのギャングのリーダーだったらしく、弾を抜いた銃で遊んでいます。僕も貸してもらって、とりあえず自分の頭に銃を突きつけてみました。なるほど、こんな気分なのか・・・。
ご飯はとってもおいしいシチューでした。この料理をなんと呼ぶのかは聞くのを忘れてしまいましたが。
そのまましばらくリビングで家族みんなでテレビを見た後は、子供のビデオなどを見せられました。国を問わず親のしたいことってあまり変わらないようです。でもこれがなかなか良くできたビデオで、十分楽しめましたよ。
寝る前には今度またイタリアに来るときには、いつでも連絡をくれたらここにいていいからと言われました。あまり社交辞令というのはない国柄だと思っているので、ぜひまた会いに来たいと思います。
そしてシャワーを浴びて、洗濯をしてこの日は終わりです。明日は一緒に朝ご飯をバールで食べて、パドヴァの駅まで送ってくれるとのことです。迎えに来てくれて、送ってもくれる・・・なんてありがたいことでしょう。
とっても暖かい気分になれたので、そのままぐっすり眠ることが出来ました。
投稿日時: 2006年03月14日 20時30分
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もはやぐだぐだで自分でもわけがわからなくなってきたイタリア生活ですが、いよいよ8日目に突入してきました。これだけ仕事をしないと、曜日の感覚がすっかりなくなってしまっています。
他人の家だというのにすっかり9時まで寝てしまいました。今日はルカの友達のソウ(日本人)と会うことになっていますが、その前に行かねばならないのはヴェネツィアです。当初の予定ではとってもゆっくりとヴェネツィアで過ごす予定だったのですが、いつの間にか半日観光になってしまっています。まあ一度行ってるからよいのですが。
と言うわけで朝ご飯に搾りたてのオレンジジュースをいただきました。シチリア産のオレンジでこれが非常においしゅうございます。
ゆるゆると10時頃に出かけて、まずはバス・・・これが30分来ません。どうやら1時間に2本しか来ないところらしいのですが、なぜか同じ路線で終着駅が違うという変則的な路線のようです。これが後ほど悲劇を招きます。
バスの本数が少ないことは覚悟していたのでよいのですが、問題は電車でした。買ったはずの電車が来ません・・・。遅れるとかいうのではなく、運休のようです。そんなチケット売らないでください! まあ仕方がないのですぐ後の電車でヴェネツィアに向かいます。
パドヴァとヴェネツィアはとっても近く、各駅停車でも40分弱で着いてしまいます。バスのロスタイムとかで2時間近く掛かってますけど、パドヴァの中心地に宿を取れば問題ないでしょう。
ヴェネツィアの窓口はサンタ・ルチア駅になります。そこを降りればアドリア海の女王と歌われた海の都ヴェネツィアです。水の都と言われますが、私は塩野七生先生の海の都という言葉を支持します。
で、まずはサンマルコ広場に向かいます。表示もあるので、人の流れが多い方に向かっていけば大丈夫だろうと思っていましたが、思いっきり迷ってしまいました。この街の特徴は土地が狭いため、路地も狭くて、建物が高くなっています。必然的に目印になる建物も見えないのです。
意味なく時間を浪費したわけでもなく、路地にあるショーウインドウなどをのぞきながらうろうろするのも楽しいので、これは全然気にしていません。
あれやこれやらしながらたどり着いたのはサンマルコ教会の裏でした。表に回るとこんな感じです。中の写真は撮れないのですが、ここの内装は金箔が貼られています。これだけでも中世のヴェネツィアの繁栄がよくわかります。
その前のサンマルコ広場はこんな感じになっています。ありえないくらいの数の鳩がいます。ヒッチコックもびっくりです。1ユーロで鳩のエサも売っているのですが、もちろんそんなものは買いません。頭の上に鳩が乗ってもうれしくないです。
というわけで昼食を。朝に何も食べていないのに、あまり食欲がなかったのはパドヴァへのバスが石畳で、しかもくねくね曲がるので酔ってしまったからです。なのでパニーノ1つで済ませることにしました。迷ってる間に水だけは調達していたので、それで流し込みます。3.5ユーロ(500円ちょっと)というヴェネツィアの物価に辟易しましたが・・・。
大変満足したので、次はドゥカーレ宮殿です。この建物も大変豪華な作りになっています。裁判や元老員の議会もここで開かれていたようです。本土の人口はたかだか10万人程度だったようですが、それでもこれだけ繁栄できたのがすごいなぁと素直に感心してしまいます。
歩き疲れたので、ここは広場のカフェで休憩です。17世紀から続くカフェ・クアードリやカフェ・フローリアンといった老舗もあるのですが、あまりにも高いため、その隣のカフェで休憩です。疲れを取るためにホットチョコレートを飲むのが習慣になってきていますが、このカフェでもチョコレートが8ユーロ(1200円弱)します。
さて、帰りましょう。他に寄るところはいっぱいあるのですが、次回の宿題として残しておくことに決めました。この後の予定があるので、これ以上頑張ると疲れてしまいます。でもヴァポレット(水上バス)で一瞬で帰ってしまうのも少し味気ないので、リアルト橋を超えて、またうろうろしながら歩いて帰ることにしました。
もう少し写真がありますので、何も言わずヴェネツィアの風景をお楽しみ下さい。
夕焼けのヴェネツィアをどうしても見たかったんですよね。ただそれだけです。本当にきれいな街で大好きなのですが、住む気には今イチなれません・・・。
で、パドヴァに戻ってくると今度はソウさんとの待ち合わせです。彼はルカの友達ですが、初めて会います。今夜は3人で共同生活を送っているソウさんが住んでいるところで、ご飯をいただくことになりました。人の世話になりっぱなしの人生でごめんなさい。
この3人、ソウさんは靴のデザイナー、チラさん(日本人女性)はジュエリーデザインの勉強中です。特に家主のダヴィデは職業不明で比較的インチキくさい風貌をしています。本当にいろんなことを何でも知っていて、歴史からファッションに至るまであらゆることを解説してくれます。どうも私と同じ空気を感じますが、4人でとっても楽しくておいしい夕食をいただくことが出来ました。
最終バスに乗って帰るところまで、バス停までソウさんとダヴィデが送ってくれました。いろいろ話して、今度は日本で会おうということでお別れしました。夏くらいには日本に来るかもしれないということで、またこの皆さんともぜひお会いしたいと思っています。
こちらのバスは乗車前に必ず切符を買って検札しないと行けないのですが、この時間に開いている店などイタリアには当然ありません。なので、チケットを持たずにバスに乗り込みます。で、バスの運転手さんにチケットを持ってないというと、早口で何かを言うのですが、ちっともわかりません。あんまりしつこく聞いて事故を起こされても困ってしまうので、そこそこにして席に座りました。
20分ちょいバスが走りましたが、そのバスが目的地に着きませんでした。先ほども書いたようにこの路線は終点が2つあるので、通過してしまっていたのです。土地勘もない上に暗くてすっかりわからなくなっていたのですね。
とりあえずチケットがないというと、いいよいいよと言って下ろしてくれましたが、真っ暗な中にただ一人取り残されたことに変わりはありません。終点まで乗ってきたのは僕一人だったので、誰かに聞こうにも人はなく、終点がないことに気づいたのはバスが行ってしまってからだったので、どうしようもありません・・・。
しばらくとぼとぼと歩いていると、TENCAROLAという私が行きたい場所を指し示す標識が見えてきました。なんとか助かったかと思いながら歩いていくのですが、どんどん人も車も少なく、街灯の数すら減っていきます。やばいかもしれんと思ったところで、ソウさんから電話が掛かってきました。
「着きました?」
「いえ、見たこともないところを一人で歩いてます」
と答えると、通りの名前を教えてくれというので、伝えるとどうやらインターネットで現在地を検索してくれているようです。
「まだ3kmくらいありますよ」
と言われますが、どっちに3kmか怪しい状態なので、少しずつ歩きながら通りの名前を告げて、近づいていることを確認しながら進んでいきます。
そんなやりとりをすること30分、ようやく自分の持っている地図の範囲に入ってきました。ここからなら帰れると言うことで、遅くまでつきあっていただいた皆さんにお礼をいいつつ、帰宅しました。
1時間10分ほど歩いていたようです。さすがにもう死ぬのかもと思いましたが、Souさんのおかげでこうして日記も書くことが出来ました。本当にありがとう。また日本でお待ちしております。
という感じだったので、家に帰ってからシャワーを浴びる気力すらなく、そのまま倒れ込むように寝てしまいました。
滅多にない経験をしましたが、もう二度とこんな目には遭いたくありません。お気楽逃亡生活のはずなのに・・・。
皆さんも時間には余裕を持って行動してくださいね。
投稿日時: 2006年03月14日 19時42分
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タグ: イタリア, 旅行
さていよいよフィレンツェを後にして、北上を開始します。目標はパドヴァです。パドヴァはヴェネツィアの東、電車で40分くらいのところの街です。ここに私のイタリア語の先生、ルカの実家があります。まだ習い始めて2ヶ月くらいなのですが、ヴェネツィアは高いから泊まっていけということで両親に連絡してくれました。親切すぎますよね。
と、その前にまずはホテルを出なければなりません。実は昨日の寝付きが悪くて、少し寝不足気味だったのですが、とりあえず移動だけなら大丈夫かと思って、ホテルを9時半に出発しました。ホテルはフィレンツェの中央駅、サンタ・マリア・ノヴェッラ駅から5分という素敵な立地なので、キャリーケースがあっても全然大丈夫です。
しかし電車は出た後でした・・・。前日に調べておけばどうってことないのですが、そこが行き当たりばったりの悪いところです。
結局1時間後にしか電車がないので、駅でタバコを吸ったり、水を買ったりとどうでもいいことをして過ごしました。ここは思い切って1等車を取りましたよ。2時間以上電車に乗るので、2等車の座席だと辛いんですよね。腰痛はこっちに来てすっかり治りましたが、これは働いていないからです。
そんなわけで無事にフィレンツェを出発。予定通りに走れば13時には駅に到着です。ちゃんとルカのお母さんにも電話しました。
途中ボローニャ辺りを境に電車の中が冷えてくるのがわかります。きっとパドヴァに着いたら寒いんだろうなと思っていたら、駅を降りると電光掲示板に2度と表示されていました。フィレンツェに比べると10度近くも下がっているはずです。それはそれは寒かったです。
ここで到着の連絡をすると、そこで待っていろとのこと。現れたのは弟のダヴィデとその彼女か嫁かわからないヴェロニカでした。結婚はしてないけど、一緒に住んでいる感じで、どうやら私の知るイタリア人にはそんな人が多いようです。離婚がしにくい国だからかもしれません。
ご飯を食べたかと聞かれたので、まだだと答えるとマクドナルドに連れて行かれました。そこにルカの両親も登場です。とっても人の良さそうな夫婦でしたが、実際にものすごくいい人でした。この親にしてこの子ありの見本かもしれません。僕は片言しか話せませんが、なんとなく会話の内容はわかるので、フィレオフィッシュを食べながら聞いておりました。
食べ終わると5人で車に乗って、家に向かうのですが、その前にお父さんの友人の靴の縫製工場に立ち寄ります。子供の靴を作る相談みたいでしたが、イタリアの靴職人の仕事場を見られたのはとっても貴重な経験です。写真ですが・・・気にしないでください。
さてその後は家に向かいます。着いたのは3時半くらいでしょうか。晩ご飯までゆっくりしろということですし、あまりに寒かったのと寝不足で外に出かける気がしなかったのと、外に出ても驚くくらい何もないところなので、そのままお昼寝してしまいました。おそろしく遠慮がない自分にちょっと反省です。
起き出してしばらくすると一人の若いイタリア人がやってきました。ルカの友達でパソコンの修理に来たようです。僕も同じ事は出来ますので、一緒になって作業していました。それくらいしないと申し訳ないので・・・。
で、夕食です。両親とその友達と僕の4人の食卓です。パンとサラダとキノコの乗ったポークステーキのようなものだったのですが、これが非常に美味しい。イタリアのマンマの味というのはこういうものなのだと思いました。あ、ワインとレモンのリキュールも飲みましたよ。
食後には驚くものをみせていただきました。ゴジラという名前の猫です。見ていただければわかりますが、ありえないくらい大きいです。目の前にいるのにワイドテレビを見ているかのようです・・・。かわいいのですが、ふてぶてしさも感じます。今までに見た最大の猫は我が家にいたトラだったのですが、それを遙かに超えました。思わずカメラを手にしてしまいました。前の旅行の時も猫の写真を撮ったような気が・・・。前からわかっていたことですが、どうやら猫好きのようです(笑)
自分の家のようにくつろいでくれと言われて、明日の帰りも遅くなっていいし、ゆっくり寝ていていいからと家の鍵まで渡されました。とっても感激です。もうちょい感謝の表現とかも勉強してくればよかったかなぁと思ってますが、次への宿題が出来たと言うことにしましょう。
あ、この家はネット環境が充実しているので、自分のiBOOKを接続して、多少メールとか仕事もやっちゃいました。不在の時でも問い合わせとかは来ちゃいますからね。
今日は移動だけで終わっちゃいましたが、明日はヴェネツィアに向かって、別のルカの友達に会うことになってます。至れり尽くせりですね(笑)
寝る前にミラノに住む友達から、ミラノ風ステーキの材料を買って待ってるっていうメールが届きました。ぜひお返しをしなければならないと思うのですが、持ってきた手土産は飛行機の中に忘れてきてしまいました・・・。明日はこれをどのように言うか勉強もしたいと思います。
それではまた明日。
投稿日時: 2006年03月14日 19時35分
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タグ: イタリア, ネコ, 旅行
ぐだぐだイタリア生活も6日目となりました。朝8時半頃に目が覚めましたが、体調は相変わらずよろしくないようです。どうも体がだるい気がします。
そんなわけで今日はあまり遠くに行かずにごろごろ過ごすことに決めました。とりあえずシャワーを浴びて、、朝食を済ませて10時にホテルを出ます。およそ観光する気分ゼロです。何をしに来たのかとあらゆる方面からお叱りを受けそうな気もします。
最初に向かったのはサンマルコ美術館です。昨日入れなかったリベンジをしておかねば。ここのおすすめはなんと言ってもフラ・アンジェリコの書いた数々のフレスコ画です。もちろん写真撮影は出来ませんので、ご了解を。
見終わって戻ってくると12時くらいになっていたのですが、今イチお腹が空いていなかったので、うろうろしていると朝には長蛇の列だった、ウフィッツィ美術館がガラガラの状態に。早速入ってみました。もう何度も行ってるので、どうでもいいと言えばいいのですが、大好きなフィリッポ・リッピの絵だけは見てみたいところです。
さらっと見て回って、外に出てもなんとなく食欲が。お昼はハムとモッツァレッラのパニーノだけで済ませます。そしていつものお昼寝タイムです。これだけは外せません。ほんとは日本でもしたいくらいなのですが・・・。
あ、お昼寝の前に明日から滞在するイタリア語の先生のお母さんに電話をしました。内容は「まだ電車を決めていないので、明日時刻表を見てから電話をします」というもの。早く電車を決めてもいいのですが、どうも体調が悪く動きが鈍そうな気がしたので、慎重になっています。相手からすれば迷惑な話なのでしょうが・・・。
お昼寝は1時間半でした。目が覚めるとこれが異常に体がだるい・・・明らかに風邪の症状です。とりあえず晩ご飯を食べないと行けないのですが、お腹が空いていません。でも頑張って着替えて外に出ます。
しばらく付近をうろうろしていると、冷たい風で身が引き締まったのか、少し元気が出てきて、お腹も空いてきました。で、昨日のリストランテの前を通りかかると、偶然というか案の定というか、昨日の添乗員さんが座っていました。そのままふらっと中に入って、相席させていただきました。
おかげで次にどこに行くかという話とジェノヴァの話で盛り上がりました。ジェノヴァと言えば皆さんの記憶にあるかどうかはわかりませんが、母を訪ねて三千里ですよ。南米の印象しかないかと思いますが、元々はジェノヴァの家出少年のお話です。
なんだかんだでまた2時間以上も盛り上がってしまいました。ちなみに食べたのはクロスティーニ、ニョッキ、バルサミコ風の牛肉です。おすすめのチーズケーキとエスプレッソまでつけて、また30ユーロにおまけしてもらいました。なんだか毎日ありえないくらいの値段で美味しいものを食べているようで、申し訳ないので、また食べに来ようと思います。お礼の方法はそれくらいしか出来ませんからねぇ。
そんなわけで10時半頃ホテルに戻って、荷造りを済ませて就寝します。え、写真ですか? 主なところは昨日撮っちゃいましたし、今日は撮影不可のところしか行ってないのでありません。明日からはパドヴァとヴェネツィアなので、またいろいろお見せできると思います。どうぞお楽しみに。
投稿日時: 2006年03月14日 19時32分
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タグ: イタリア, 旅行
早くも5日目となりました。本日もフィレンツェからです。さすがにオフシーズンどこも人が少ないのですが、今日もはりきって行きましょう。
と思いきや、目が覚めてみるとどうも熱っぽい感じがします。もしかすると風邪気味というやつでしょうか。とっても寒いです。実際にローマでは暖かかったのですが、ここフィレンツェはとっても冷え込んでいます。まあ大阪とたいして変わりないのですが、あんまりうろうろしていると風邪が悪化しそうな予感がするので、今日もゆるゆると過ごすことにします。
今回泊まっているホテルは朝食付きで、セルフサービスですがその気になればいくらでも食べることが出来ます。まあそんなに食べれないので、ビタミンを摂るためにオレンジジュースとミルク、それにコルネットで朝食は済ませます。もともと朝はそんなに食べないのでこれで十分です。
9時半頃にホテルを出発して、まずはドゥオモを通過しようと思ったのですが、どうしても上りたくなりました。体力が危ないことは承知していたのですが、やりたいことをやらねばここに来た意味がありません。そんなわけでホテルに撤収する覚悟で延々と階段を上がっていきます。ドゥオモのクーポラに描かれているのは「最後の審判」です。一番下の方が地獄になっていて、上に行くに従って、天界へと近づいていきます。これ一つでちゃんとストーリーが出来上がっているのですね。
これが上からの景色です。トスカーナの風景は本当に素敵で、何度見ても飽きません。風邪気味だったり、疲れていることなんかを忘れるくらい素敵な風景です。
ところがこの美しいドゥオモに落書きするお馬鹿さんがたくさんいるのです。しかも日本人が結構多いんですよねぇ。何を考えてるんだろうと思います。こんな常識のない人たちはイタリアに来ないでください。
次はシニョーリア広場を目指します。ここはいつもならウフィッツィ美術館に行く人などで混雑していますが、今日は休館日。しかもものすごくオフシーズンなので、誰もいない状態です。しかし目指すのはここではなく、裏からポンテヴェッキオを見たかったのですね。
これがポンテヴェッキオです。古い橋という意味です。橋の上には貴金属店がずらっと並んでいます。私には不要のものですが、買える値段のお手頃のものもあるので、女性には楽しい場所でしょうね。もちろん自分では使わなくても、貴金属工芸の美しさを見るだけでも十分に値打ちがありますよ。
そして橋を渡るとまたいろんなお店があるのですが、エスプレッソを飲んで一息入れてから、その向こうの橋を渡って、こちら側に戻ってきます。
その周辺が有名なブランドストリートになります。ここはショーウインドウを見ているだけでも楽しい場所です。大好きなのは
ですが、似合う日本人を見たことがありません。誰か挑戦してくれませんかね・・・難しいことこの上ないですが。
そうそうドゥオモの横の洗礼堂に行ったのを忘れていました。ここの内部の装飾も素晴らしいので、行った人はぜひのぞいて見てくださいね。3ユーロですけども。
ここで寒さに負けました。マフラー買っちゃいました。安いマフラーはその辺の露天にいくらでもあるんですけど、ここはマフラーと手袋の専門店みたいなのを見つけたので、そこに入ります。店員が美人だと入りたくもなります。
最初に羊か綿かという身も蓋もない聞かれ方をしたので、とりあえず暖かいウールでと答えると、薦められたのはジョルジョ・アルマーニのマフラー、値段は110ユーロです。さすがにこれは予算オーバーなので、デザインの気に入ったロメオ・ジリのマフラーを購入しました。通常80ユーロがセールで40ユーロ(6000円弱)です。
ショーウインドウ見物の後は、共和国広場に戻ってきました。さすがに寒さがこたえるので、体を温めるためにテラスで日光浴をしながら、チョコレートを飲みました。黒のダウンを着てるので、日向はものすごく暖かくなります。ここでガイドブックを見ながら、そう言えばサンマルコ美術館に行ったことないなぁと思ったので、てくてくと歩いて向かうことにしました。
到着するとあと1時間もしないうちに閉まってしまうことがわかってしまいました。さすがに短い時間で美術館を駆け足で見るのは嫌なので、ここからバスに乗って、フィエーゾレという街に向かうことにしました。
フィエーゾレはフィレンツェの北にある丘の上の街で、ものすごく美しいところです。バスで30分弱くらい。しかも1ユーロだけで行くことが出来ます。
夏に来るとものすごくいいところらしいのですが、あいにくのオフシーズン。見事に誰もいません。しかもお店すら空いていません。とりあえずバスの切符すら買えない危険を感じます・・・。
イタリアではバスは降りるときに料金を払うのではなく、事前に切符を買って乗り込みます。切符を持っていなかったり、検札を忘れたりするのがばれるととっても高い罰金を取られてしまいます。それは困るので、とりあえずうろうろするとバールが見つかったので、そこでパニーノと切符を買おうとしたら、バスの切符は売ってないとのこと。さすがに焦りましたが、もうしばらく歩いたところのタバコ屋さんでバスの切符をゲットしました。
これで帰れることが確定したので、ゆっくりと観光することが出来ます。と言っても小さい街なので行くところは限られます。最初に選んだのは古代ローマの遺跡です。劇場の跡なんかも残っています。
フィエーゾレだけでなくフィレンツェもそうなのですが、ローマ人が来る前から非常に技術力の高いエトルリア人というのが住んでいたらしく、当時の美術品や土器なども優れたものがたくさん出土しています。この博物館もゆっくり見ることが出来ました。おそらくこの時点で入館していたのは5人だけと思われます・・・。
次に向かったのは丘の上のサン・フランチェスコ教会。こぢんまりしたかわいらしい教会です。
それよりもこの風景が最高です。ローマは楽しいけど、住むならトスカーナがいいなぁと思ってしまいます。
そんなわけで帰りのバスに乗っかって中央駅まで帰ってきました。ここからはホテルはすぐなので、もちろんお昼寝タイムです。寝る前に洗濯を済ませて、1時間半の睡眠。目が覚めたら18時半でした。
なんとなく寝起きはお腹が空かないので、とりあえずうろうろしながらお腹を空かせようと再び街に繰り出します。
うろうろしていると少しお腹が空いていたので、最初から決めていたリストランテに入ります。ここは2年前にも来て、とってもおいしかったところなので、また来ようと決めていました。気さくな日本人の店員のお姉さんがいて、日本語のメニューもあるので、日本人でも大丈夫です。値段もそれほど高くなく、何を食べても外れがなさそうです。店名はCaffè Bigallo(カフェ・ビガッロ)です。
僕が食べたのはポルチーニ茸のリゾットとフィレンツェ風のステーキ500g(骨付き)、デザートにチーズケーキと最後はエスプレッソです。注文したとき500gで大丈夫ですかと聞かれましたが、前に来たときも完食してるので大丈夫ですと答えて、今回もあっさりと完食してみました。
会計では48ユーロ食べたのですが、なんとお姉さんが40ユーロにまけてくれました。2回も来てくれたのでということですが、ありがたいことです。
店を出ようとすると、お姉さんにジョルジョ(店主らしい)が話があるらしいと言って、連れて行かれました。で、イタリア語であれやこれや聞かれました。住んでるところとか仕事とか。難しいことはわからなかったのですが、そこはお姉さんがフォローしてくれたのでなんとかなりました。もうちょっと勉強しないとなぁ。あ、ここでワインを一杯おごってもらいました。甘いワインで飲みやすかったです。
話をしている時にもう一人一緒にいたのが、このお姉さんの友達の添乗員さんでした。今回はプライベートでのイタリア旅行だそうです。お姉さんとジョルジョは忙しくなってきたので、どっかに行ってしまったのですが、その添乗員さんとすっかり話し込んでしまいました。気づくともう11時前。会計を済ませてから2時間近く経っていました。
時間も遅かったので、この添乗員さんをホテルに送ってから、僕もホテルに戻ってきました。ちなみにこの添乗員さん、旦那さんもいるそうですが、ちょっとイタリアに行ってくるとわけのわからないことを行って、どこに何をしに行くのかも告げずに家を出てきたようです。しかも20日間も・・・。夫婦仲とお姑さんとの仲をものすごく心配してしまいました。大きなお世話かと思いますが。
そんなわけで今日の日程は全て終了。全然節約出来てないけど、まあいいとしましょう。明日はフィレンツェ最終日ですので、ゆっくり眠ってまたうろうろしようと思います。
投稿日時: 2006年03月14日 19時07分
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さあ4日目です。今日はいよいよフィレンツェに移動です。朝は8時に真面目に起床です。
チェックアウトは10時なのですが、荷物を持って食事したりするのも面倒なので、とりあえず荷物を置いて、駅まで朝食に行きます。日曜なので開いているお店がいつもより少ないのですよ。朝食の内容は言わずもがなのカプチーノとコルネットです。
結局電車は10時半の特急に乗りました。フィレンツェまでは1時間半の旅です。2年前に乗ったときは贅沢に一等車に乗ったのですが、今回は二等車です。この椅子の角度がなかなかつらいのです。少なくとも人間工学に基づいているとは思えません。一等はおそろしく快適なのですが・・・。
まあそんなこんなでフィレンツェに到着です。まずはホテルを探さねばならないのですが、フィレンツェの石畳はローマに比べて起伏が大きいので、スーツケースを転がすのはとっても大変です。早く決めなければそれだけで体力を使い切ってしまいます。
と言うわけで街をくるんと一周する前に、立地はいいけど経済的なホテルがあるとガイドブックに書かれてある一帯にやってきました。フィレンツェではあまり無理はしないと決めているので、快適なホテル住まいを優先して、「Hotel Palazzo Benci」という、きれいな感じのところに入ってみました。
値段を聞くと一晩で83ユーロ(12000円くらい)と少し高めなのですが、部屋を見せてもらうと水回りも良さそうだし、部屋もとってもきれいで落ち着いて休めそうです。すっかり気に入ってしまったので、ここに決めました。
ちょうどお昼過ぎだったので、荷物だけを置いて、昼食と見物に出かけます。部屋が高いので食事代は節約しなければなりません。ということで、ピッツェリアに入ってカルツォーネとエスプレッソだけの簡単な食事で12ユーロです。あ、もちろん水のお金も払ってますが。
フィレンツェと言えばなんと言ってもドゥオモです。大きすぎてカメラに入り切りませんが、雰囲気だけ味わってください。
中ももちろん荘厳な雰囲気が漂っています。気が向けばこの中に入ってぼけーっとしてるのもなかなかよいものです。
このクーポラはいつ見ても感動ものです。ちなみにこのクーポラが出来る前の最大のドームはパンテオンだったらしいです。ということは1000年も最大を守った古代ローマの技術力ってすごいのだなぁとあらためて思います。
うろうろしていると疲れてきたので、ホテルに戻ってお昼寝です。水回りがいいので、ついでに洗濯もしちゃいました。ハンドクリームを持ってくるのを忘れたので、手が荒れてきました。明日買いに行かねば・・・。
と言うわけで夜からの第2部スタート。と言ってもうろうろして晩ご飯を食べただけです。
今日の夕食は前から決めていた中華料理です。なぜイタリアで中華料理?と思われるかもしれませんが、実は安くてすごく美味しいんです。今日は12ユーロの定食だったのですが、春巻・チャーハン・酢豚にウーロン茶までついてこの値段。しかも味は日本の高級店でもなかなか出会うことの出来ないものです。
そもそも酢豚の中のパイナップルは邪道だと思っていたのですが、このお店の酢豚で考えを改めさせられました。味付けによってはものすごく美味しくなるのですね。逆に言うと何でもぱいなぽーではいけないということです。このお店「漢宮飯店(イル・マンダリーノ)」はシニョーリア広場の近くです。行きたい人は場所を教えますね。
そんなわけで9時前にホテルに戻ってきて、ミラノに住むメル友のミケーラに電話をしてみました。今まではメールだけでしかやりとりしていなかったのですが、話してみるとかなり日本語が出来るので、びっくりしました。聞いてみると4ヶ月の勉強だそうです・・・。私、反省しました。もう少し勉強します。
で、なんとミラノでは家に泊めてくれるそうです。これでパドヴァとミラノの計5日間の宿代が浮きそうです。これは非常に大きい! と言うことで明日か明後日はまた高額な食事をしてそうな感じがします。
明日は何をするかまだ決めていませんが、11時になったので寝ることにします。日が変わらないうちに寝ることにしてますので。
ではではおやすみなさい。
投稿日時: 2006年03月09日 20時22分
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タグ: イタリア, 旅行

元ウェブデザイナーの経験から、操作が必要なもののカラーコーディネートを得意としております。ウェブカラーに関する講演や執筆も多数あります。写真は飼い猫のぶるたんです。
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