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イタリア旅行記2004 第10日

昨日の400段登頂がこたえたのか、10時過ぎまですっかり爆睡です。日本にいる時のように何もなければ昼まで寝てしまう生活とは大違いです。今日はサンタ・クローチェ教会に行くと決めていたので、朝食を取って気分良く出発です。爆睡すると気持ちよいです。

サンタ・クローチェ教会入り口に係員がいて、英語で写真撮影は禁止ですよと言われたので、イタリア語で「はい、わかりました」と答えると、少し驚かれたんですけど、うれしそうな様子でイタリア語がわかるのならと、わざわざ同じ事をイタリア語で説明し直してくれました。しかもにこにこしながら。いい人だぁ。

ローマにはパンテオンなんてのがあって、ラファエロなんかのお墓がありましたが、ここにはミケランジェロ・ガリレオ・マキャヴェッリなどのお墓があります。誰もが知ってる大物揃いですね。

洪水時の水位を示したプレートゴシック様式の美しい建物ですが、1966年にフィレンツェを襲った大洪水のせいで、所蔵品も甚大な被害を受けたらしくて、壁には消え去ったフレスコ画の跡形だけが残ったりしていました。街のところどころには「洪水の時にはここまで水位が上がりました」みたいなプレートが貼り付けてあります。私の身長より遙かに高いところに。今の街並みを見ると想像できませんが、それは大変な洪水だったようです。

サンタ・クローチェ教会でゆっくりした後は、またしてもシニョリーア広場へ。すぐ脇にあるヴェッキオ宮の見学です。ここは壁画や天井がが素晴らしいです。

ここで14時くらいになったのですが、どうも胃が痛いのでホテルに戻ってお昼寝することにしました。2時間くらい寝るとすっかり回復です。いったいどれだけ寝ればよいのかというくらい寝ていますが。18時頃お腹が空き始めたので、また散歩に出かけることにしました。

するとドゥオモの横にある皮革屋さんで声を掛けられます。案の定日本語です。が、挨拶くらいしか出来ないようだったので、ここからはイタリア語の会話になります。ところがいまいちわからないのです。そのまま話を続けているとあることに気づきます。「pa」の音が全て「ba」になっているので。気づいたおかげでそこからは普通に話すことが出来ました。聞いてみるとイタリア人ではなくてエジプト人で名前はティト(なんてエジプト人な名前なんだろう・・・)というらしいです。

ティトとしては革のジャケットを売りたいのでしょうが、こちらもほしいわけです。前の露店と違って店も構えてあるので、ここは話を聞いてみることにします。

まず最初に黒のジャケットを進められたのですが、ご存じの方もいるかと思いますが、私の肌は黒はあまり似合いません。きつい顔に見えてしまいます。そんなわけで焦げ茶をリクエストして試着してみると、「黒もいいけど、焦げ茶の方が似合ってるよ。髪の色と肌の色と靴の色に合っている」などとのたまいます。よくわかっていらっしゃる・・・。私の知る限りではパーソナルカラーという概念はイタリアにはないんですけど、肌や髪に服を合わせるという感覚は持ち合わせているようです。さすがというか、日本人が無頓着なだけかもしれませんね。

革も柔らかくて気に入ったので、ここからは値段交渉です。この時点で声を掛けられてから30分以上立っています。値札には399ユーロと書かれてありますが、向こうはいきなり266ユーロを提示しました。「原価はいくらやねん」と突っ込みたくなりますが、すでに1/3オフです。眼鏡を買って半泣きだった私はここで150ユーロで電卓を叩きます。さすがにこれは無理だと言うことで向こうは220ユーロまで降りてきました。私は190ユーロでお返しです。すると今度は204ユーロに。204っていうのがよくわかりませんが、キャッシュで払うからと言って200ユーロ(≒28000円)で商談成立。日本での相場を考えるととってもお買い得です。売上伝票を見ましたが、定価で買ってる人もかなりたくさんいるみたいです。たいていはアメリカ人のようでしたが・・・。

さてキャッシュで払ってしまったので、財政難が生じてきました。ホテル代を考えると食費が寂しくなってきています。1週間の生活費がそのままジャケットにバケラッタ。しかし夕食を削るという発想は私にはありません。なぜならクレジットカードといううちでの小槌があるからです(なんか間違ってますか?) 夕食は19ユーロ(≒2660円)でちょっと豪勢に食べてみました。生ハムのカルパッチョ、サーモンのクリームソースのニョッキ、白ワインが付いてくるんですが、商談で喉が渇いていたのでがぶ飲みです。もともとほとんどお酒が飲めない私はすっかりよっぱーです。レモンのシャーベットがデザートについていて、カフェを食後に頼んだのは覚えてるんですが、メインの料理だけ記憶が欠落していて、何を食べたか覚えていないんですよねぇ。

そんなわけでホテルに帰ったらそのまま眠ってしまいました。

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