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イタリア旅行記2004 第17日

と言うわけでいよいよ明日が日本への出発です。またお金を貯めてここに帰ってこようと思います。終の棲家をヨーロッパに・・・。

今日もホテルで朝食を取りますが、コーヒーとチョコラート(ココア)のどっちがいいと聞かれたのでチョコラートと答えました。するとなんだか妙にうれしそうです。これが美味しかったんですよ。もしコーヒーかチョコラートか聞かれたらチョコラートと答えましょうね。あまりイタリアでは美味しいアメリカ式のコーヒーには出会ったことないです。

さて本日の貧乏は決定ですので、無料で見られるところを歩きます。ホテルをあてもなく出発したのはお金を持っていないからです。うろうろしてるとサンタ・クローチェ・イン・ジェルザレンメ教会に着きました。教会なら無料です。

説明にはキリストが磔になった十字架の断片や釘などが納められているらしいんですが、ここもミサ中だったので見学を断念しました。この辺りは何もないところなので、そこから西と思われる方向に歩いていくと、この間訪れたサン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ教会に辿り着きましたが、そのまま通り過ぎてどんどん西へ。気づくとコロッセオにたどり着きました。進んでいたのが本当に西であったと証明された瞬間です。

フォロ・ロマーノで、コロッセオもそのまま通り過ぎて、フォロ・ロマーノを横目にしながらまたうろうろ。前は中に入ったんですけど、外からも見えるので今日は違う方向から眺めてみます。そうするとまた違った印象があっておもしろいんですよ。

ローマでのパウル・クレー展もう見慣れたヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂の方に歩いていくと、なんと美術館でパウル・クレー展が。クレーと言えばかのバウハウスで教鞭をとったという私の大好きな画家の1人です。わざわざ三重県まで見に行ったくらいです。貧乏ですが、これは入らざるを得ません。この時点で晩ご飯を食べられなくなったので、追加両替決定です。

初めて見るクレーの作品ばかりで大満足で、しかも5ユーロのミニガイドブックを購入しました。この後いったんホテルに帰ることにします。もちろん日本円を持って両替に行くために。ここからなら20分ちょいかな。もちろんバスに乗るお金もけちります。1ヶ月1万円生活と銭形金太郎の影響であることは言うまでもありません。

実はホテルに帰る前に西に向かって、もう一つ教会を見ようと思っていたんですが、どうも雰囲気がおかしいわけです。西に向かう道路が大勢の警察によって封鎖されています。そう言われてみるとなんだかいつもと人の様子が違います。で、テルミニ駅の方に戻れば何かわかるだろうと思って引き返してきました。

警察がいっぱいいるコルソ通り市内を東西に走るコルソ通りという大通りに辿り着いた時にようやく理解しました。どうやら野党側が仕掛けた反戦デモのようです。みんな7色の旗を巻き付けたりバルコニーからつり下げたりしていました。この7色は実はスペクトルの順番に並んでいるんですよね。調べてみたらイタリアでは虹は7色と認識されているようです。これでなんとなく旗の意味がわかったような気がしますよね?

さてホテルに戻ると時間が早かったので女の子がちょうどベッドメイキングの最中でした。うちの部屋の分は終わっていたみたいなので、どうぞどうぞと部屋に招き入れてくれました。そんなわけで2個残していたコルネットを食べて昼食にしました。7個入りで1.9ユーロ(=265円)だったんです。思わず助けてくれてありがとうとお礼を言いました。

さて再び出かけようとすると女の子はまだ掃除をしていたんですが、呼び止めてプレゼントをあげました。実はヴェロニカのために持ってきたんですけど、渡すのを忘れてしまったので。喜んでくれたかどうかはわかりませんが・・・。

いよいよ再出陣です。ホテルを出た瞬間に周囲が騒がしいのがわかります。外に出てみるとちょうどいつも行くピッツェリアのバリスタ(阪神タイガースのキンケードに似た)に出会ったので、道も通れないなどと世間話です。

共和国広場での反戦デモ危ないかなとも思いましたが、ジャーナリスト魂でしょうか? どうしても出かけていろいろ見てこないと気が済みません。まずは大きな広場からと共和国広場に出かけてみました。予想通りの大盛り上がりです。反戦集会なんですけど、どうもみんな楽しそうなんですよねぇ。

スペイン大使館この後はバルベリーニ広場、スペイン広場、ポポロ広場と順番に巡ってみました。スペインの列車テロを受けてのデモだったので、てっきりスペイン広場も大勢の人が集まっているのかと思いましたが、ここはいたって普通の状態でした。犠牲者への献花はされていましたが。ところでスペイン広場ってすぐそばにスペイン大使館があるからだってご存じでした?

財務警備隊の皆様ホテルから離れるに従ってどんどん静かになっていくようです。と言うよりも各地で小さな集会の後に中心部にどんどん集まっていくような感じです。前からどんどん人がやってきていたので。仕方ないので、またショーウインドーを見ながらホテル方向へ歩き始めました。途中で見かけた一隊は財務警備隊の皆様です。私の知る限りは警察ではなく軍組織だったような気もするのですが、どなたかご存じないでしょうか? ちなみにこの人たちがいるのは大統領宮の近くでした。

もちろんホテルの近くではまだまだ大騒ぎでした。音楽と鳴り物と煙幕で頑張っています。私は疲れたのでいつものピッツェリアにお昼ご飯を。両替を済ませたのでもう怖いものはありません。モッツァレラとソーセージのピッツァにコーラを付けて。でもまだ4時なのでもう1回晩ご飯を食べなければならないような気もするので、アダムにお別れは告げずにまた後でと言ってお店を後にしました。

もう荷造りも終わっていたので、イタリア最後のお昼寝です。この日は最後の食事に何を食べたか書いていませんでした。多分、最後だからとラザニアとチキンカツを食べてカフェを飲んで締めくくったのでしょう。私の考えそうなことなら。帰りがけに明日日本に帰るんだよと言ったら、お店の皆さんが「Buon viaggio」と送り出して、お店の住所とか電話番号を書いたカードをくれました。次に行く時は必ずまた遊びに行こうと思ってます。庶民的で居心地のいいピッツェリアでしたよ。テルミニ駅近くのVia Principe Amedeo 49のGrand Brazilに行けばアダムが出迎えてくれるはずです。

あとはホテルで朝食を食べて帰国するだけ。もう少しだけ旅行記におつき合い下さいませ。

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