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イタリア旅行記2006 第8日

もはやぐだぐだで自分でもわけがわからなくなってきたイタリア生活ですが、いよいよ8日目に突入してきました。これだけ仕事をしないと、曜日の感覚がすっかりなくなってしまっています。

他人の家だというのにすっかり9時まで寝てしまいました。今日はルカの友達のソウ(日本人)と会うことになっていますが、その前に行かねばならないのはヴェネツィアです。当初の予定ではとってもゆっくりとヴェネツィアで過ごす予定だったのですが、いつの間にか半日観光になってしまっています。まあ一度行ってるからよいのですが。

と言うわけで朝ご飯に搾りたてのオレンジジュースをいただきました。シチリア産のオレンジでこれが非常においしゅうございます。

ゆるゆると10時頃に出かけて、まずはバス・・・これが30分来ません。どうやら1時間に2本しか来ないところらしいのですが、なぜか同じ路線で終着駅が違うという変則的な路線のようです。これが後ほど悲劇を招きます。

バスの本数が少ないことは覚悟していたのでよいのですが、問題は電車でした。買ったはずの電車が来ません・・・。遅れるとかいうのではなく、運休のようです。そんなチケット売らないでください! まあ仕方がないのですぐ後の電車でヴェネツィアに向かいます。

パドヴァとヴェネツィアはとっても近く、各駅停車でも40分弱で着いてしまいます。バスのロスタイムとかで2時間近く掛かってますけど、パドヴァの中心地に宿を取れば問題ないでしょう。

ヴェネツィアの窓口はサンタ・ルチア駅になります。そこを降りればアドリア海の女王と歌われた海の都ヴェネツィアです。水の都と言われますが、私は塩野七生先生の海の都という言葉を支持します。

ヴェネツィアの水路で、まずはサンマルコ広場に向かいます。表示もあるので、人の流れが多い方に向かっていけば大丈夫だろうと思っていましたが、思いっきり迷ってしまいました。この街の特徴は土地が狭いため、路地も狭くて、建物が高くなっています。必然的に目印になる建物も見えないのです。

意味なく時間を浪費したわけでもなく、路地にあるショーウインドウなどをのぞきながらうろうろするのも楽しいので、これは全然気にしていません。

サンマルコ教会あれやこれやらしながらたどり着いたのはサンマルコ教会の裏でした。表に回るとこんな感じです。中の写真は撮れないのですが、ここの内装は金箔が貼られています。これだけでも中世のヴェネツィアの繁栄がよくわかります。

サンマルコ広場その前のサンマルコ広場はこんな感じになっています。ありえないくらいの数の鳩がいます。ヒッチコックもびっくりです。1ユーロで鳩のエサも売っているのですが、もちろんそんなものは買いません。頭の上に鳩が乗ってもうれしくないです。

というわけで昼食を。朝に何も食べていないのに、あまり食欲がなかったのはパドヴァへのバスが石畳で、しかもくねくね曲がるので酔ってしまったからです。なのでパニーノ1つで済ませることにしました。迷ってる間に水だけは調達していたので、それで流し込みます。3.5ユーロ(500円ちょっと)というヴェネツィアの物価に辟易しましたが・・・。

ドゥカーレ宮殿大変満足したので、次はドゥカーレ宮殿です。この建物も大変豪華な作りになっています。裁判や元老員の議会もここで開かれていたようです。本土の人口はたかだか10万人程度だったようですが、それでもこれだけ繁栄できたのがすごいなぁと素直に感心してしまいます。

ホットチョコレート歩き疲れたので、ここは広場のカフェで休憩です。17世紀から続くカフェ・クアードリやカフェ・フローリアンといった老舗もあるのですが、あまりにも高いため、その隣のカフェで休憩です。疲れを取るためにホットチョコレートを飲むのが習慣になってきていますが、このカフェでもチョコレートが8ユーロ(1200円弱)します。

リアルト橋さて、帰りましょう。他に寄るところはいっぱいあるのですが、次回の宿題として残しておくことに決めました。この後の予定があるので、これ以上頑張ると疲れてしまいます。でもヴァポレット(水上バス)で一瞬で帰ってしまうのも少し味気ないので、リアルト橋を超えて、またうろうろしながら歩いて帰ることにしました。

もう少し写真がありますので、何も言わずヴェネツィアの風景をお楽しみ下さい。

ヴェネツィアの風景

ヴェネツィアの駅前

サンマルコ広場の横の方

夕焼け気味のヴェネツィア夕焼けのヴェネツィアをどうしても見たかったんですよね。ただそれだけです。本当にきれいな街で大好きなのですが、住む気には今イチなれません・・・。

で、パドヴァに戻ってくると今度はソウさんとの待ち合わせです。彼はルカの友達ですが、初めて会います。今夜は3人で共同生活を送っているソウさんが住んでいるところで、ご飯をいただくことになりました。人の世話になりっぱなしの人生でごめんなさい。

この3人、ソウさんは靴のデザイナー、チラさん(日本人女性)はジュエリーデザインの勉強中です。特に家主のダヴィデは職業不明で比較的インチキくさい風貌をしています。本当にいろんなことを何でも知っていて、歴史からファッションに至るまであらゆることを解説してくれます。どうも私と同じ空気を感じますが、4人でとっても楽しくておいしい夕食をいただくことが出来ました。

最終バスに乗って帰るところまで、バス停までソウさんとダヴィデが送ってくれました。いろいろ話して、今度は日本で会おうということでお別れしました。夏くらいには日本に来るかもしれないということで、またこの皆さんともぜひお会いしたいと思っています。

こちらのバスは乗車前に必ず切符を買って検札しないと行けないのですが、この時間に開いている店などイタリアには当然ありません。なので、チケットを持たずにバスに乗り込みます。で、バスの運転手さんにチケットを持ってないというと、早口で何かを言うのですが、ちっともわかりません。あんまりしつこく聞いて事故を起こされても困ってしまうので、そこそこにして席に座りました。

20分ちょいバスが走りましたが、そのバスが目的地に着きませんでした。先ほども書いたようにこの路線は終点が2つあるので、通過してしまっていたのです。土地勘もない上に暗くてすっかりわからなくなっていたのですね。

とりあえずチケットがないというと、いいよいいよと言って下ろしてくれましたが、真っ暗な中にただ一人取り残されたことに変わりはありません。終点まで乗ってきたのは僕一人だったので、誰かに聞こうにも人はなく、終点がないことに気づいたのはバスが行ってしまってからだったので、どうしようもありません・・・。
しばらくとぼとぼと歩いていると、TENCAROLAという私が行きたい場所を指し示す標識が見えてきました。なんとか助かったかと思いながら歩いていくのですが、どんどん人も車も少なく、街灯の数すら減っていきます。やばいかもしれんと思ったところで、ソウさんから電話が掛かってきました。

「着きました?」
「いえ、見たこともないところを一人で歩いてます」

と答えると、通りの名前を教えてくれというので、伝えるとどうやらインターネットで現在地を検索してくれているようです。

「まだ3kmくらいありますよ」

と言われますが、どっちに3kmか怪しい状態なので、少しずつ歩きながら通りの名前を告げて、近づいていることを確認しながら進んでいきます。

そんなやりとりをすること30分、ようやく自分の持っている地図の範囲に入ってきました。ここからなら帰れると言うことで、遅くまでつきあっていただいた皆さんにお礼をいいつつ、帰宅しました。

1時間10分ほど歩いていたようです。さすがにもう死ぬのかもと思いましたが、Souさんのおかげでこうして日記も書くことが出来ました。本当にありがとう。また日本でお待ちしております。

という感じだったので、家に帰ってからシャワーを浴びる気力すらなく、そのまま倒れ込むように寝てしまいました。

滅多にない経験をしましたが、もう二度とこんな目には遭いたくありません。お気楽逃亡生活のはずなのに・・・。

皆さんも時間には余裕を持って行動してくださいね。

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