大阪在住のカラリスト(カラーコーディネーター)が気になる色彩の話や日々の出来事、思ったことなどを公開しています。

今日も9時起床。この生活スタイルにようやく馴染んできた感じです。日本だと典型的な夜型人間ですので。昨日買ってきたパンで朝食を済ませると、いよいよフィレンツェ探検開始です。
「さあ出発!」と扉を開けるとドアノブにメモが貼り付けてありました。「シングルが空いたから、部屋を変わってください。12時半に来ますので。」 そう、このホテルにはフロントには誰もいないのです。ホテルというよりは貸し部屋状態です。ベッドメイキングとお掃除はしてくれるのですが。鍵束を受け取ったら後は出入り自由なんですよね。ある意味でとっても楽です。
そんなわけで昼に1回戻るとして、ウフィッツィ美術館へ行くためにシニョリーア広場に向かいます。まるでロベルト・ベニーニの映画「ライフ・イズ・ビューティフル」を思い出させる光景でご機嫌です。つい見知らぬ美人に「Buongiorno, principessa!!(こんにちは、お姫様)」などと言いたくなってしまいます。わからない方は映画を見てくださいね。
で、ウフィッツィ美術館はシニョリーア広場のすぐ南側にあります。昔、かの有名なメディチ家がオフィス(古いイタリア語でウフィッツィ)として使っていた建物なので、ウフィッツィ美術館というんですね。ところがここにはとっても素敵な行列が出来ております。ここは後に回すことにしてポンテ・ヴェッキオに向かいます。日本だとレストランとか宝石屋さんの名前で有名ですが、元々の意味はそのまま「古い橋」です。ここには見事な金銀細工のお店が並んでいるのですが、いかんせん朝が早すぎて開いておりません。結局、定番のドゥオモから見ていくことにしました。
中を一通り見て、次はクーポラに上ることにします。このクーポラは地上100m以上あるので、そこからの眺めは絶景であるに違いありません。しかしエレベーターなどは存在しませんので、400段以上と言われる階段を自分の足で登ります。まずは足に来ました。その次に目がかすみ始めます。酸素不足で気分が悪くなってきました。もうだめだと思ったときにようやくテラスに到着です。
もちろん頑張って上った甲斐がありましたよ。高所からの眺めはローマより間違いなく美しいでしょう。かなり疲れてしまったので、テラスで風景を見ながら20分ほど休憩します。そうしないと階段から転げ落ちてしまいますからね。
必死の思いで階段を下り終えると、そろそろお昼です。部屋移動のためにホテルに帰ります。すると昨日の兄ちゃんとは別のおじさんが来ていたのですが、「私は部屋の移動のことはわからないから、そのままでいいよ」とのこと。この辺りはさすがにイタリア人。物事が適当に進んでいきます。結局、この部屋に最後までいることになるのですが、もちろん料金はシングルのままですよ。
足のマッサージを済ませて、今度は昼食に出かけます。シニョリーア広場に戻って、カフェでトマトのピザを食します。天気もよく、ぽかぽかしていたので、テラス席で人の流れを見ながら優雅な食事です。隣の席に日本人の女の子4人組がいたのですが、ここでもお金の払い方について聞かれたので、教えてあげました。遠くの方を見ているとボルゲーゼ公園で出会った母娘が歩いているのが見えます。遠かったので声は掛けませんでしたけれどね。
優雅な昼食の後は、いよいよウフィッツィ美術館です。今度は行列もなくすっと入れました。所蔵品なんかは観光案内なんかを読んでいただければわかりますので、あまり長く書きませんが、ボッティチェッリの「春」とか「ヴィーナスの誕生」と言った絵がここでは最も有名でしょう。ラファエロやミケランジェロ、ダ・ヴィンチにカラヴァッジョなど秀作が揃った、見ごたえのある美術館ですが、何度も繰り返すように私はフィリッポ・リッピが大好きです。前回来たときはツアーで駆け足で見ただけなのですが、今回はのんびりと見られて大満足です。日本人のツアーがうるさかったですけれども。
その後、再びポンテ・ヴェッキオの金銀細工を見て、アンティーク街とブランドショップの集まる通りに向かいました。もちろんそんなものに手を出すお金はありませんので、ウインドウ・ショッピングのみです。
露天商が集まる通りがあるので、ぶらぶらしてみます。実はこういうところが一番面白かったりします。パシュミナのストールが3ユーロ(≒420円)。どこをどう見ても化繊にしか見えません。素敵です。800円もあればグッチのベルトが買えます。2000円ならヴィトンのバッグでしょうか。イタリア人が流暢な日本語で話しかけてきました。「革のジャケットを探していませんか? 近くにあるお店に案内しますよ」だって。非常に見事な日本語です。逆にうさんくささを感じるのですが、一番うさんくさいところは山田康夫もしくはアラン・プロストに似た男だと言うことです。もちろん革のジャケットは探しているのですが、さすがにここでは買えないと思って、断って帰ってきました。
美術館の本を抱えていたので、いったんホテルに荷物を置いて、夕食に出かけます。今日のテーマは中華料理です。イタリアの中華料理は安くておいしいんですよ。セットメニューが12ユーロ(≒1680円)なので、これに決定。春巻、広東風チャーハン、鳥のチリソース、ライチとビワのシロップ付けです。チャーハンはきちんと中国ハムを使っていますし、非常に本格的な中華です。考えてみると久々にお米を食べた気がします。
大満足の晩御飯の後はホテルに戻って、洗濯です。これでイタリアではあと1回洗濯すればしのげます。明日は土曜なので午前中で閉まるところも結構あるので、予定を決めたら今日はおしまいです。
投稿日時: 2004年03月31日 00時08分
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タグ: イタリア, 旅行
今日はいよいよフィレンツェへの移動日です。ところが朝から大雨・・・大荷物を持って歩かなければいけないのに。などと嘆いていても雨はやまないので、猫に別れを告げてホテルを出発しました。
ホテルを出るとそこには傘売りの南米系の兄ちゃんが。あまりにも降りが激しかったので、そこで5ユーロで折りたたみの傘を買いました。まあ余所で買っても同じくらいの値段なので、別によいのですけどね。一応値切る交渉はしてみましたが、まあ5ユーロくらいでそんなに時間を使っても仕方ないので、ここは言い値で買ってあげました。
実は予約してあった特急は12時半。しまった、もっと早くしておけばよかったと思いながら、荷物は重いし、雨は降ってるしで、ネットカフェで雨宿り。それから駅に向かってカフェを飲んで、ウインドウショッピングをしてました。
出発20分前にホームに上がったのですが、もう列車は来ていたので、早速乗り込みます。贅沢ですいません。ユーロスター・イタリアのプリマクラッセ(一等車)でフィレンツェまで行きます。日本で言うところの新幹線のグリーン車でしょうね。たかだか1時間40分なのですが。プリマクラッセはやはり快適です。椅子の座り心地も最高。ドリンクのサービスもあるし、ビスケットもついています。食堂車の注文も取りに来てくれます。もっと遠くに行くのなら、料金も高くなるので、一等車なんてとてもじゃないけど乗れませんけどね。ちなみにローマからフィレンツェまでの料金はプリマクラッセで6000円、セコンドクラッセで4000円くらいです。のんびり鈍行で行くなら3時間半くらい掛かりますが、2000円くらいで行けますよ。電車はフィレンツェまでは田園地帯を進んでいきます。牧場やブドウ畑なんかが続く丘陵です。この風景は絶品なので、皆様もぜひ一度ご覧あれ。
向かい合わせの席で前に座っていたのは明るいグレーのスーツが似合うビジネスマンでした。グレーの濃淡だけの非常にシンプルなコーディネートですが、これをかっこよく見せられる人はそれほどいるものではありません。日本人だと野暮ったい感じになる人が多いだろうなぁと思います。スーツがN6、シャツはN9、ネクタイがN7.5といった感じです。にっこり笑って「Buongiorno!」と挨拶すると、スーツケースは椅子の後ろに入れておくといいよと教えてくれました。
ゆっくりと寝る間もなく、フィレンツェはサンタ・マリア・ノヴェッラ駅に到着です。到着前からわかっていたのですが、フィレンツェも大雨です。駅からホテルまでは10分くらい歩かなければならないはず。
ローマとフィレンツェの大きな違いは道がほとんど石畳だということなんですよね。と言うわけでキャリーケースを転がすと腕がもげそうになります。よれよれになりながらもホテルを発見しました。が、おそろしいことに誰もいません。呼び鈴を押しても誰も出ません。困りました。仕方ないので、タバッキ(タバコ屋さん)でテレホンカードを買って、電話してみます。が、早口で何を言ってるのかわからない。が、よくよく聞いてみると、ホテルの番号が変わっているから、別の番号に電話しろということらしいです。新しい番号を教えてもらって電話してみると、ようやくつながりました。名乗ってあと5分くらいでホテルに行くからというと、オッケーということです。予約していたところに泊まれてよかったと一安心。
そのホテルの前に行くと、気のよさそうな兄ちゃんが外に立って待っていてくれました。雨も上がったし、よい感じです。部屋に連れて行かれると、想像以上によい感じのお部屋です。暖房もきちんとついているし、シャワーもトイレも部屋の中。その上、冷蔵庫までついています。日本では当然のことですが、イタリアの2つ星クラスでは冷蔵庫は奇跡に近いです。これで食材の保存が出来るので、スーパー探しの旅に出ます。今日の夕食はスーパーで買うことにしました。
30分ほどの探索で発見することが出来ました。もちろんイタリア語で聞けば早いんですけど、道を覚えるために自分で探します。くどいようですが、時間は有り余っていますので。買った物は200gのチーズ2つ、1.5リットルのミネラルウォーターとペプシコーラ、パンとバター、マヨネーズです。これで優雅な朝食が取れます。確かこれで出費は1400円くらい。その半分はチーズ代なんですけど、でっかいのを丸かじりしてみたかったので。夕食はパンとチーズのブロックです。ハイジもびっくりの夕食です。あ、牛乳買うの忘れてましたが。
ホテルには6時頃に戻っていたんですけど、この日は疲れてしまったので、観光は明日から始めることにして、一寝入りしてシャワーを浴びて、洗濯して早めに寝ることにしました。
投稿日時: 2004年03月30日 05時35分
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タグ: イタリア, 旅行
朝9時までいつも通りの睡眠。朝食を済ませてから、まずは眼鏡探しの旅に出発。ホテルの周辺をうろうろと歩いてみるが、どうも眼鏡屋が見つからない。もしかしたらあったのかもしれませんが、眼鏡がないので見えていないのかもしれません。仕方がないので記憶を頼りに駅の地下街に行ってみたところ眼鏡屋さんを発見しました。
ところがここはブランド物のフレームしかありません。フレームだけだと100ユーロ(≒14000円)くらいなのですが、これにレンズ代が掛かってしまいます。高くなりそうだとは思いましたが、1時間で出来ると書かれてありますし、見知らぬ土地を眼鏡なしで歩き回るのは大変苦しいことがわかったので、悩んだあげく先にフレームを決めて、店員のお姉さんに話しかけました。
「眼鏡を買いたいんですけど」と言うと「前の眼鏡は持ってますか?」と聞かれたので「今持ってないです」と言うと早口でいろいろ話すので、「すいません。ゆっくり話してください」とお願いすると、少しゆっくり話してくれるようになりました。なんとか「検査が必要ですね?」だけ聞こえたので、「はい、お願いします」というと別室に連れて行かれて日本で眼鏡を作る時と同じように視力とレンズの調整をしてくれました。「英語は話せますか?」と聞かれたのですが、僕の英語はイタリア語より怪しいので、少しだけと答えました。暖かい店員のお姉さん(確かエマヌエラさん)によって、何とか視力を合わせることが出来ました。ここは自分のイタリア語をほめてあげたい(笑) で、フレームとレンズを合わせると合計280ユーロ(≒39200円)でした。DOLCE&GABBANAの一番安いフレームでしたが。ちなみに日本のように男性用のフレーム、女性用のフレームという分けられ方はされていませんでした。
1時間待たなければならないのですが、遠くに行くわけにもいかないので、バールでカプチーノを飲んで、ネットカフェでメールチェックしているうちに1時間経過。眼鏡を取りに行くとちゃんと出来上がってました。お店で眼鏡をかけて、そのまま歩き始めましたが、慣れない眼鏡で目がぐるぐる回ります。足下の距離感もおかしいわけです。ですが、かけて歩かないと慣れないので、思い切ってカラカラ浴場に出かけることにしました。
ところが見事に地下鉄で乗り越してしまいます。ほとんどの車両の扉は全自動のドアなのですが、時々停車駅でボタンを押さないと開かないのが来るんですね。ゆっくり待っていたら、その駅で誰も降りなかったので扉が開かなかったのです。開けようとしたんですけど、見事に走り始めてしまったので、一駅向こうのピラミデ駅まで行ってしまいました。まあ地図を見ると一駅先からでもほとんど距離は変わらないので、カラカラ浴場まで逆方向から歩いていくことにしました。すると向こうに大勢の観光客が。「見事に発見!!」と思って近づいていくと、ここはコロッセオです。全く別のところに到着してしまいました。どうやらものすごーく通り過ぎていたようです。なんとか地図を見ながら引き返して、目的地に到着しました。
3世紀にカラカラ帝によって作られた浴場は、非常に豪勢な建物であったらしく、その当時の大理石のモザイクなんかも断片的に残っています。きっとこういった装飾が至る所に施されてあったのでしょう。白と赤、緑の補色で当時はさぞ鮮やかだったんでしょうね。何か一句詠みたくなりましたが、あいにくそのような知識は持ち合わせておりません。
ここからしばらく歩いていくと川沿いの通りに出てきました。テヴェレ川です。ここを超えればそこは昨日からの予定通りのトラステヴェレです。小さいですが、サンタ・チェチリア・イン・トラステヴェレ教会はかわいらしく美しい教会です。聖チェチリアは音楽の守護聖人なんですよね。良い歌が歌えますように。
ここいらで腰痛がひどくなってきました。この頃には眼鏡にも慣れてきていて、歩くのに全く問題はなくなっていたのですが、つまづいて踏ん張った時に腰を少しひねったみたいです。仕方なくホテルに戻ることにしました。と言ってももう結構良い時間だったんですけどね。バスにでも乗ればすぐに帰れるのですが、ここで歩いてしまうのが僕の良いところと悪いところです。歩かないと見落としてしまう物が結構たくさんありますからね。さすがに遠くてホテルまで1時間くらい掛かってしまいました。迷ってはいないんですけれども。
ホテルは「Sweet Home」という名前なのですが、どうやら家族経営のようです。到着するとおばあさんが「うちの猫を見せてあげよう」と言って見せてくれました。「私はいつもここで寝ていて、この箱の上で猫が寝ているんだよ」と説明までしてくれます。ちなみにおばあさんの部屋は僕の部屋の隣なんですよね。どうやらシングルの部屋が空いていなかったので、家族の居住スペースの一角に僕は泊まらされているということに気づきました。ちなみに猫は2匹います。
そんなわけで腰が痛かったので、1時間ほどお昼寝です。いや、元気でも昼寝するのですが・・・。
起きたらもちろん夕食です。いつも通りホテルを出た瞬間にアダムに声を掛けられます。ほとんど店内にいるのに、僕が降りてくる時は必ず店の前にいます。まるで前を通るのを知っているかのようです。まあ明日にはフィレンツェに出発なので、今日が最後だよと言って中に入ることにしました。この日はスパゲッティ・アッラ・カルボナーラとローストポークです。帰りがけには「次にローマに来る時には、またここにおいでね」と言ってくれました。
ホテルに戻ると、またおばあさんに「猫を見に行きましょう」と言われました。それほど猫を見せたいのか、もしくは僕が気に入られたのか。
部屋に帰ってテレビをつけると「らんま1/2」をやっていました。犬夜叉もやってるし、高橋留美子は大人気のようです。「らんま1/2」のテーマ曲は日本のものと同じでした。「やっぱっぱー やっぱっぱー いーしゃんてん♪」と歌ってるやつです。もちろん歌詞はイタリア語になっていましたが。
明日は10時までにチェックアウトしなければならないので、荷造りを済ませてこの日は終了です。美術館で買った本でどんどん荷物が重くなっていってます。果たして帰国時にはスーツケースに全部入るのかとっても心配になってきました。
投稿日時: 2004年03月30日 05時15分
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タグ: イタリア, ネコ, 旅行
朝起きてみるとなんだか体がだるい。だらけているだけかもしれませんけどね。そんなわけで今日は10時半にホテルを出発です。リフレッシュのために公園に出かけてみることにしました。目標はボルゲーゼ公園です。
共和国広場駅からフラミニオ駅まで地下鉄で行けば、すぐにボルゲーゼ公園です。ローマは交通渋滞もかなりひどいので、中心地は空気が悪いんです。そんなわけで緑の多い公園はのんびりした気分になれます。ストレスがたまった時には自然の緑に触れるのが一番です。重症なら別の色もありますけどね。ぽかぽか暖かくて、桜も咲いていました。
この公園は2つ美術館があって、歩いていると近代美術館に着いたので、入ってみることにしました。だいたい19世紀以降の作品が揃っています。モディリアーニ、ゴッホ、モネセザンヌ、クリムトとなかなかのコレクションですが、今回は生のモンドリアンを初めて見ることが出来たのが収穫でした。
このままもう一つのボルゲーゼ美術館に行こうと思っていたのですが、かなり広い美術館でお腹いっぱいになったので、公園を散歩して中心部に戻ることにします。今日こそはゲーテ博物館に。
すると公園の出口の所で地図を広げて立ち往生する日本人の母娘がいたので声を掛けてあげると、スペイン広場に行きたいというので案内してあげることにしました。娘さんがかわいらしかったです。発想がイタリア人ですか? どうでもよい話ですが、地図を見て迷う男性には声は掛けません。男なら地図くらいちゃんと見ろと思ってしまうからです。人として間違ってますか?
これはスペイン階段のすぐ横にある建物です。写真サイズが小さいのでわかりにくいと思いますが、地上のウインドウがピンクで統一されてるのはお気づきかと思いますが、実は全ての窓にマネキンが置いてあって、全てピンクを使ってコーディネートされています。しつこいくらいのリピートは印象に残りますよね。
ちゃんと案内を済ませて、ゲーテ博物館に向かいます。この辺りはさすがに何度も来ているので、もう地図も必要ありません。が、今日も閉まってます。どうしてだろう・・・。悔しかったので関係ないけどジェラートを食べました。ここでもレモン味です。これを食べるとご機嫌になれます。私へのお土産はこれにしてください。
そろそろ歩き疲れてきたので、ホテルに向かって歩き始めます。バルベリーニ広場を経由して共和国広場へ。定番ルートになってきました。ここでマクドナルドを通り過ぎる時にふと思い立ちます。「ビーフのハンバーガーは同じ味だった。魚は?」 そんなわけでフィレオ・フィッシュを注文してみました。言うまでもないことですが、同じ味でした・・・。
ホテルに帰って、どかっとベッドに腰を下ろします。
「ばきっ!!」
眼鏡の音でした。ええ、踏みつぶしました。踏みつぶしましたとも。ノーフレームの眼鏡が見事に2つに分かれています。あまりのショックにふて寝することにしました。
2時間ほど眠って目を覚まします。きっと眼鏡をつぶしたのは夢に違いないと思いましたが、やはり2つに分かれたままでした。眠っている間に小人さんや妖精さんは直してくれなかったのですね・・・。
いまいちお腹は空いていなかったので、とりあえずネットカフェでヴェロニカにお礼のメールを書いた後、フィレンツェ行きの列車を検索。どうやら新幹線のようにいくらでもあるようです。
ようやくお腹が空いてきたので、ご飯を食べに行こうと思いますが、眼鏡がないので景色がいつもと全く違います。何も見えないことに気づいたので、仕方なくアダムのいるピッツェリアに。見知らぬ土地で眼鏡がないのは、ものすごく不安です。
このアダム、立派な物で英語も話すのですが、ドイツ人にはドイツ語で挨拶をして、日本人には日本語で挨拶します。「いらっしゃい」「どうぞ」「お勘定」「小さい水」「ありがとう」「お友達」「お姉さん、きれい」 最後のがイタリア人らしくて素敵です。日本語のボキャブラリーはこれだけですが、十分でしょう。
たまたま隣の席に日本人の女の子3人組がいて、大阪出身だとアダムが教えてくれました。お金の支払い方で困っていたので、教えてあげました。ローマの先輩としての余裕です。
ホテルに戻ってきましたが、眼鏡のことを考えると頭痛が・・・。昼間はともかく、このままでは夜はまったく身動きが出来そうにありません。明日は朝から眼鏡屋さんを探さなければ・・・。なんとか朝のうちに済ませてしまって、お昼からトラステヴェレ(テヴェレ川の向こう)に行ってみようと思います。日本みたいにすぐ出来る眼鏡屋さんってあるのかなぁ。
投稿日時: 2004年03月29日 16時45分
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タグ: イタリア, 旅行
昨日は強行軍だったので、さすがに疲れてしまって10時過ぎまで寝てしまいました。日曜日は食料品店も休みだったので、朝食のコルネットがありません。仕方ないので散歩がてら共和国広場のバールでパニーニとカプチーノの朝食です。
今日はヴァチカン美術館に行こうと思っていたので、そのまま共和国広場駅からチプロ・ムゼイ・ヴァチカーニ駅へ。5分ほど歩いてヴァチカン美術館に着いてみると、ものすごい行列です。休み明けの月曜日は混み合うというのを聞いていたのに、すっかり忘れていました。日本では行列の出来るところには絶対ならばないのですが、ここはイタリアです。しかもあきれるくらい時間があるので並ぶことにしました。
すると前後は韓国人の観光客。隣の男性もそうだと思っていたのですが、カバンから取り出したガイドブックが日本語だったので声を掛けてみました。28歳の男性で公務員試験に受かって、4月から再就職とのことで、それまでの期間にユースホステルとかに泊まりながら旅行をしているようです。ローマは5カ国目らしくて明日帰国するとのこと。列がなくなるまで20分ほどあれやこれやと話しました。
この日は本当に人が多くて、芋の子として洗われました。勝手に押し流されていくような状況で、どう考えてもゆっくり見られないので、今日は下見と言うことにします。それでも12ユーロの入場料を見る価値があったと思えるのは、ミケランジェロの描いたシスティーナ礼拝堂の「最後の審判」があるから。誰もが教科書なんかで見たことのある絵ですが、これは本当にすごいので、ぜひ生で見ていただきたいですね。
そんなわけで2時間程度で、ほぼ自動的に押し出されちゃうような感じでした。次回の予習をしなければならないのでガイドブック(言うまでもないことですがイタリア語版)を買って帰りました。売店のおねえさんにイタリア語でいいのかと聞かれたました。どこでもイタリア語の本を買おうとすると聞かれるんですよねぇ。もちろん辞書なしでは1/3くらいしかわからないんですけれども。戻ってからガイドブックを見直して、実は見られていないところがたくさんあることに気づきましたが、いったいどこにそんな案内板があったのか・・・。あまりにも広すぎて理解できません。それでも「最後の審判」の感動を分かち合いたかったので、サン・ピエトロ広場から日本のカラリスト友達に電話していました。
そのまま少し歩いて、オッタヴィアーノ・サン・ピエトロ駅から地下鉄に乗って、二駅戻ってフラミニオ駅に。次の目標はポポロ広場から歩いてすぐのゲーテ博物館です。ゲーテがイタリアに滞在した時の記録なんかが残っているらしいんです。ここで雨が降り出したんですが、空は晴れているので傘を買わずにそのまま歩きます。まだ傘を買いません。強気です。
ところが着いてみるとなんと閉まっています。仕方ないのでスペイン広場周辺のブランド街であるコンドッティ通りを散策します。ここはやはり文句なしにショーウインドウが美しい。日本では一つのウインドウの中にいろんな色があって、色相でいうと5色くらいあることが多いのですが、ここでは3色が最大です。ピンクを主張したければ、それを邪魔するような物は同じウインドウには入れず、別のウインドウで展開します。この例ではオレンジと黒ですね。スタイルは違いますが、この2色だけでコーディネートして、下にオレンジのガラス玉を敷くことで印象を強めています。印象を強く持たせるためには繰り返しが大切ですね。
いろいろ見て回りましたが、今日も理想のコート(ジャケット)に巡り会うことが出来ませんでした。フィレンツェに持ち越しか・・・。
実は今日はアキレス腱の痛みが全くありません。スニーカーの左側の紐がかなり緩んでいたので、ホテルを出る前にきっちりと結びなおしたのがよかったみたいです。それだけのことなんですけど、かなり足に負担をかけていたみたいですね。日本ではこれだけ長い間歩き続けることがないので気づきませんでした。あまり無理して悪化しても困るので、今日は早めにホテルに帰ることにしました。皆様もどうぞお気をつけ下さいませ。
ホテルに戻ってからは本とにらめっこ。フィレンツェ移動のための下調べです。今のホテルはとりあえず11日までなので、とりあえず一度フィレンツェに移動してからその後の予定を決めることにしました。ネットカフェでフィレンツェのホテルを調べてみると今のホテルと同じ値段で、ドゥオモから100mくらいの場所にあるホテルを発見しました。これは便利な場所で、主要観光スポットに5分くらいで行けるのは魅力です。というわけで早速予約。あっさり取ることが出来ました。
いつものピッツェリアの前を通るとアダムが声を掛けてきましたが、まだ夕食には早い時間だったので「a dopo(後で)」と答えてしばらくお散歩。結局ここで食べてしまうんですけどね。こういうところで日本語メニューを出されるとかなりげんなりしてしまうのでよ。今日はかなりお腹が空いていたので、オリーブオイルとペペロンチーノのブルスケッタにラザーニャ、チキンカツにエスプレッソまでつけて13.1ユーロ(≒1800円)。サラダとパンも付いてくるんですけど、日本でこれならもう少しするだろうなぁと思ってしまいます。早飯で有名な僕がイタリアでは1時間以上、食事に時間を使います。これぞスローフードですよね。
夕食を早く食べて19時半には部屋に戻ってきました。ヴェロニカへのお礼メールを書くためにイタリア語のお勉強。ネットカフェで考えながら書くとお金がもったいないし、この方がきちんと勉強できますからね。2時間ほどお勉強して、明日の予定も決めたので今日は早めの店じまいです。
投稿日時: 2004年03月29日 16時29分
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タグ: イタリア, オレンジ,黒, ショーウインドウ, 旅行
今日はいよいよヴェロニカとご対面です。友達も連れてくるって言ってたけど楽しみです。ところがこの日は朝から大雨・・・イタリアに来て初めての悪天候です。9時に起きたけど傘を持ってこなかったので小降りになってからホテルを出発。
来るまでに2時間くらいあるのですが、雨降りで遠いところに行く気にもならなかったので、テルミニ駅地下のフォーラムというショッピング街に出かけることにしました。いろんなお店が入っているのですが、まずスーパーでお水とメモ帳を調達。CD&DVDショップを発見したので、入ってみたのですが心に響いたのはWindows用のトムとジェリーの対戦ゲーム。12ユーロ(≒1680円)だったので、ついつい買ってしまいました。帰国後に遊んでみましたが、これが結構熱くなります。そんなわけでしばらくそこで過ごしてホテルに戻りました。
12:25にホテルの下に降りるとヴェロニカとフランコがすでに来ていました。もちろんイタリア語で初対面の挨拶を済ませると、どこに行きたいか聞いてくれます。と言われてもどこに行くと楽しいのかわからないので、地図を見て相談です。このヴェロニカは英語は全く話せません。フランス語とラテン語(どこで使うんだろう?)は大丈夫らしいのですが。その代わりにフランコが少し話せるので、イタリア語と英語混じりで相談して、最初はポポロ広場から行こうと言うことになりました。
地下鉄に乗っての移動ですが、フランコが切符を買ってくれました。広場はローマの北の玄関口ということです。その後ろにあるピンチョの丘はローマ市内が一望できてとても気持ちのよいところです。ここであの建物はこれなどと全部説明してくれます。「ここは行ったか?」など聞かれて、次はパンテオンを目指そうと言うことになりました。
パンテオンにはヴィットリオ・エマヌエーレ2世やラファエロなどの大物が眠っています。ローマ時代の建物が非常にきれいなまま残っています。ミケランジェロ曰く「天使の業とのことです。天井にはなぜか穴が空いていますが、なぜかはわからないとはヴェロニカの言葉。フランコはものすごく寡黙です。
そのままパンテオンの近くのピッツェリアでお昼ご飯。僕はピッツァ・ナポリ(ナポレターナかと思ったが、メニュー表記がこの通りだった)を食べました。陽気なローマっ子のヴェロニカは食べながらしきりに話しかけてくれます。が、さすがにご飯を食べながらイタリア語を理解するのは私には難しいです。
この後は歩いてヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂へ。いつも来ている場所ですが、実はこの中にはイタリアの統一記念館があります。ここには入ったことなかったので、連れて行ってくれました。イタリアの歴史についての解説付きです。ありがたいことです。当時使われた剣などを見て、ヴェロニカ「オスカル・オスカル」と行ってます。実はこのヴェロニカ、日本のマンガ好きで家には500冊マンガを持っているとのことです。この後、ご丁寧に日本語で「薔薇は、薔薇は美しく咲いて、薔薇は、薔薇は美しく散る」と歌ってくれました(笑)
さて次はヴァチカンへの移動です。さすがに少し遠いのでバスで行くわけですが、またしてもフランコが切符を買ってくれます。しかも少し離れたところまで買いに行ってくれました。ほとんど話しませんが良い奴です。
サン・ピエトロ寺院はカトリック信者でない僕でも厳粛な気持ちになる場所です。特にこの日は日曜だったのでミサをやっておりました。ここにはミケランジェロのピエタがあるのですが、初めてではないのに見ているとなんだか体がぞくぞくと震えてくる感じです。解説付きで一通り巡って外に出る頃には肩がガチガチになってました。大きな教会というのはどうも緊張します。
せっかくなのでここで記念撮影。この写真ではやっていませんが、なぜかヴェロニカはピースサイン。日本のマンガを見て最近覚えたと言ってます。使い方は全くもって間違いではないのですが、きっと時代は間違っているでしょう。
ここからサンタンジェロ城の横を通り過ぎて夜のナヴォーナ広場へ。すでに辺りは暗くなってきました。ここは昼間もたくさん人がいる場所なのですが、夜もライトアップされていて、たくさんの人で賑わっています。ベルニーニによって作られた噴水に腰掛けて30分ほどトーク。ここでもやはりマンガの話です。ここではガラスの仮面の話題が中心。私の語学力不足でブラックジャックを説明しきれなかったので、これを宿題と言うことにしてジェラートを食べに行きました。ここでもフランコがおごってくれます。いい奴だ・・・。夏に日本に来るらしいから、その時にお返ししてあげよう。ちなみにこのフランコは北斗の拳が大好きだそうです。
しばらく歩いてバスでテルミニ駅へ。二人はホテルまで送ってくれました。ナポリまで連れて行ってあげられなくてごめんと言われましたが、ここまでしてもらってこっちは感激。僕のわかりにくいイタリア語を根気よく聞いてもらって、僕がわかるまでゆっくり話してくれただけでもうれしいです。次はぜひ大阪で会おうと約束して別れました。お二人さん、本当にありがとう!!
そんなわけでホテルに戻りましたが、晩ご飯がまだなので、いつものピッツェリアまで出かけます。出かけると言っても徒歩3秒なのですが・・・。昼もピッツァでしたが、夜もまたピッツァです。今度はピッツァ・アッラ・カプリチョーザ。カプリチョーザは気まぐれなという意味で、いろんな具が乗ってます。すでにチーズ好きが止まらない状態になっています。
今日は体と言うよりも頭が疲れました。丸1日イタリア語を話し続けると言うことをしたことが初めてですから。知恵熱が出ないか心配でしたが、それはどうやら大丈夫だったようです。
当初はローマに1週間いて、フィレンツェからヴェネツィアを目指そうと思っていたのですが、どう考えてもローマでの日数が足りない気がしてきました。すごく居心地がいいんですよね。そんなわけで行程変更も視野にいれようかなと思い始めたのがこの日でした。
投稿日時: 2004年03月26日 23時03分
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タグ: イタリア, 旅行
この日も睡眠爆発で9時起床。どんどん健康的になっていく気がします。昨日食料店で買い込んだコルネットをミネラルウォーターで朝食。朝は節約しなければ。
1日の始まりは「アラレちゃん」から。表現は違いますが、「うほほーい」「くぴぷっ」はよくわかります(笑) イタリアのテレビも日本のような通販番組は多いんですよね。スポーツ器具とかスチームで汚れを落とす機械とか。でも24時間カーペットを売り続けてるチャンネルがあるんですよね。いったいどれくらいの需要があるのだろう・・・。
さて今日はヴァチカン美術館に行こうとしたのですが、土曜日は12:30までということで後日に変更しました。昨日の反省は一切なく地図をろくに見ないで出発です。
まずはテルミニ駅南のヴィットリオ・エマヌエーレ2世広場の市場を横目にコロッセオに行きました。土曜日でものすごい混みようで、入場に並んでいたので中には入らず、そのままフォロ・ロマーノへ。ここはローマ時代の遺跡が残っているところです。かのゲーテも散策したとか。ここを抜けていくとお馴染みのヴェネツィア広場です。ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂のある場所ですね。
ここでメル友のヴェロニカに電話しましたがなぜかつながらず。グローバル携帯がちっとも役に立ちません・・・。どうなってるねん。
ここら辺りで歩いていると左足に激痛が。どうやらアキレス腱のようです。あまりにも痛いのでホテルに撤収しようと思いましたが、ここで見事なまでに迷ってしまいます。たどり着いたところはクイリナーレ宮。どうやら大統領官邸のようです。
さすがに地図を見ると意外と駅まで近いことが判明。お腹が空いてきたので、食べ物を探しながら共和国広場に歩いていくとマクドナルドを発見。3年前に辛すぎて食べ残したリベンジをしたいという、およそ普通とは思われない考えが浮かび上がってきます。そんなわけでビッグマックセットを注文。5.5ユーロ(≒770円)とかなり高いです。多少辛かったですが見事に完食です。
座っていると足の痛みが引いてきたので、バルベリーニ宮へ。ここは国立絵画館になっているバロック様式の美しい建物です。ここではラファエロやカラヴァッジョなどもあるのですが、お気に入りはフィリッポ・リッピです。前から好きだったのですが、ここの「聖母子」を見て、また好きになりました。あとはエル・グレコもぜひ見てほしいですね。個人の趣味ですが・・・。
勢いに乗って骸骨寺とガイドブックに書かれてあったサンタ・マリア・デッラ・コンチェツィオーネ教会へ向かいましたが、閉まっていましたのでやむなく共和国広場に撤退してサンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会を見学します。ここでアキレス腱がいっぱいいっぱいです。
ここでイタリア初のジェラートを食します。レモンです。この後ひたすらレモンのジェラートを食べ続けることとなります。
ホテルの帰りがけにサンタ・マリア・マッジョーレ教会に立ち寄りました。ここはローマの4大大聖堂の一つです。ホテルを出ると一直線にこの教会が見えるので、帰りの際の目印にもなるありがたい教会です。
ホテル前のネットカフェによるとヴェロニカから返事が来ていました。どうやら明日会えると言うことです。また返事を書いてホテルに戻りました。アキレス腱が不思議なくらいに腫れています。これはまずいのでとりあえず昼寝してみました。
テレビをつけっぱなしで寝てしまったのですが、起きてみるとどうやら物まね番組をやっているようです。しかし元が誰かちっともわからないので、会場は爆笑ですが私にはちっともわかりません。仕方ないので食事に出ることにします。
ホテルを出た瞬間にホテル隣のピッツェリアの兄ちゃんに日本語で声を掛けられます。足が痛くて遠出も出来そうになかったので即決して中に入ります。あまり食欲もなかったので、ブルスケッタとスパゲッティ・カルボナーラだけで夕食。食欲がないならもっと軽いスパゲッティにすればいいのに・・・。
食事中にふと前を見ると鉄人ルー・テーズのそっくりさんが。もし彼が生きていれば「あなたはルー・テーズさんですか?」と声を掛けていたに違いありません。
そんなわけで食後にネットカフェに行くとまたヴェロニカからメールが来ていたので、これで待ち合わせ成立です。ホテルの場所と電話番号をメールしてホテルに戻ると、早速ヴェロニカが電話をくれました。明日の12:30に迎えに来てくれるということです。ありがたいことです。
そんなわけでシャワーを浴びて、洗濯を済ませるとポケモンの長編をやっていました。ええ、もちろんピカピカ言ってましたよ。足の痛みもあって、そのままぐったり就寝しました。
投稿日時: 2004年03月24日 00時58分
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タグ: イタリア, 旅行
いよいよこの日から本格的に散歩開始。朝は8時半に健康的に起きて出かけました。
ローマを歩いて制覇するというおばかな目標がありますので、とりあえずは地図を見てトレビの泉に向けて出発。ですが、いったん出発すると困るまで地図を開かないので、めいっぱい迷ってしまいました。気づくと目の前にヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂の前に。ここは3年前にも訪れたことがあるので、ようやく現在位置を把握。
しばらく歩くとトレビの泉の標識を見つけて見事に到着です。すぐそばにあるバールでカプチーノと切り売りのピッツァ・マルゲリータを食べて、朝昼兼用の食事を取りました。ちょうどネットカフェを発見したので、そこでメールチェック後、少し時間が余ったのでこのブログにも投稿をしてみました。
今度はスペイン広場を目指します。なんと迷わずに地図も見ずに到着。方角の神様のお導きに違いありません。
そんな中で見つけたのがこのディスプレイ。リナシェンテというデパートのショーウインドウです。ここに限らず明るい色調の黄緑色が妙に目立ちます。微妙な濃淡で組み合わせる同一色相配色か白、もしくは黒と合わせているものが多かったです。配色としては非常にシンプルなのですが、これがとてもきれいに見えます。一つのウインドウに使う色数が日本に比べて圧倒的に少ないのが目立ちます。
さすがに歩き疲れてホテルを目指します。ホテルへはどこからでもテルミニ行きのバスに乗れば戻れるのですが、頑張って自力で歩いてみることにしました。1時間半ほど掛かってようやく到着しますが、後日20分で戻れる距離だと言うことが判明しました・・・。
ホテルに戻るとテレビを見るくらいしかすることがありません。イタリアでは日本のアニメが全盛です。「manga」という言葉もそのまま伝わりますし、「mangaの書き方」という本も存在するくらいです。ちなみにこの本は日本で言うところの「萌え系」のマンガを書くための本でした。
この日見たのは犬夜叉とドラえもんと釣りキチ三平です。釣りキチ三平というのが渋くて非常によいですね。驚いたのはドラえもんののび太の声が小原乃梨子さんとそっくりです。「ドラえも~~~ん」と叫ぶ所などは日本の物と全く同じと言ってもよいでしょう。
テレビを見ていると眠くなってきましたが、夕食までは少し時間があったので、とりあえず2時間ほどお昼寝してみました。
起きるとそろそろ夕食の時間。始めてのイタリアでの夕食を満喫しようと近くのリストランテに入ってみました。日本人と見ると向こうの人は必ず英語で話しかけてくれますし、日本語メニューのあるところでは日本語メニューを出してくれます。私にとっては非常に迷惑な話なのですが・・・。
愚痴を言っても仕方ないので、比較的安かったローマの名物料理のコースを注文します。「Menu’ Turistico 」と言って観光客用のメニューがあるわけですね。ここで食べたコースは前菜の盛り合わせ、スパゲッティ、サルティンボッカ、サラダ、フルーツ、エスプレッソとフルコース。あまりにも多かったのでサラダだけ少し残してしまいましたが、ローマ名物のサルティンボッカはおいしゅうございました。店を出て店名を見てから気づいたのですが、ここは日本人経営のリストランテだったようです。
それにしても英語で話しかけられるときょとんとしてしまいます。出発前はイタリア語ばかり勉強していたので、まったくわからなくなってしまってるんですよね。これは非常に危険なことだと思いました。
この日はホテルへの帰還は8時過ぎ。かなり余裕を持って生活をしています。なぜならバカンスだからです。
投稿日時: 2004年03月23日 14時51分
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タグ: イタリア, ショーウインドウ, 旅行, 黄緑
結局前日遅くまで仕事をしすぎてしまったので、明け方まで荷造りにかかってしまいました。と言うわけで睡眠を取らずに出発です。まあ飛行機で寝られるからいいでしょう。
今回は行きは伊丹の大阪国際空港からいったん成田に行って、そこからJALの直行便でのローマ入りとなります。最初に1週間分のホテルだけは予約してありますので、ローマに行ってくつろぐ予定です。日本人の旅行と言うと、働いている時以上に忙しく移動するというのが普通になってますので、そんなことはせずにのんびりと過ごすつもりですから。旅行ではなくバカンスです。
成田でローマ行きの飛行機を待っていると高校の修学旅行の団体に出くわしました。高校の修学旅行でイタリア。ふざけるなって感じです。私の高校など修学旅行すらなかったと言うのに・・・。
飛行機では韓国人の女の子二人が隣でした。途中でお菓子を分けてもらいました。特に何事もなくほぼ定刻に現地に到着です。
ホテルはインターネットで予約していたんですけれども、結構簡単に到着。ローマの中央駅であるテルミニ駅から徒歩5分という大変移動のしやすい場所です。ただ初日はシングルが空いていなくて、部屋にトイレもシャワーもついたお部屋での宿泊です。飛行機で睡眠不足のまま食べ過ぎたせいか胃が重かったので、シャワーを浴びて、早々に就寝です。
投稿日時: 2004年03月23日 14時40分
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タグ: イタリア, 旅行

大阪在住のWeb制作者で、カラーコーディネートとかユーザビリティに関するあれこれを得意としております。ウェブカラーに関する講演や執筆も多数あります。写真は元飼い猫のぶるたんです。
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